〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い息づかいに触れてみたい

本家 啄木の息

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <8 (おわり)>

啄木文学散歩・もくじ 小樽市にリンクを張りました。 (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 8 資料 (1)啄木歌碑趣意書 小樽駅近くに『啄木』第三の歌碑を! 資料 (…

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <7>

啄木文学散歩・もくじ 小樽市にリンクを張りました。 (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 7 小樽公園の啄木歌碑 小樽公園の啄木歌碑 (1999年) 花園通りから公園通り…

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <6>

啄木文学散歩・もくじ 小樽市にリンクを張りました。 (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 6 啄木 第一、第二の住居 花園公園通り 明治後期 (「小樽なつかし写真帖」第…

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <5>

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 5 水天宮にある啄木歌碑も新装披露 (トイレ脇にあったとき 1999年) 境内に昇格-2005年10月に除幕式 水天…

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <4>

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 4 啄木と多喜二 ─同じ時 同じ小樽の空気を吸った二大文学者─ 市立小樽文学館・美術館 小樽文学館の入口(201…

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <3>

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 3 小樽日報社跡小樽日報は、創刊1907年(明治40年)10月15日。社長は、初代釧路町長の白石義郎(東泉)だっ…

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <2>

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 (1 小樽駅と啄木 つづき) 「駅正面にある案内板」 駅を出たところには「石川啄木と小樽駅」という案内板が…

 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <1>

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏) * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影 ◯ 小樽の啄木 「風に吹かれる啄木」水谷のぼる ブロンズ(小樽文学館)2018年撮影 函館本線に乗り札幌から小…

  東京都 浅草 「了源寺」長男の葬儀場、「等光寺」啄木・母・長女・二女の葬儀場

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2009年冬」からの再掲) 啄木家族の葬儀場「了源寺」と「等光寺」 浅草の夜のにぎはひに まぎれ入り まぎれ出で来しさびしき心 啄木 啄木長男・真一の葬儀場「了源寺」と、啄木の母カツ・啄木本人・長女京子・二女房江…

 石川啄木歌碑と厄除け大師と佐野の味

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2010年初春」からの再掲)佐野駅周辺 年末年始によく耳にする「初詣・関東三大師」として有名な佐野厄よけ大師は、春日岡山惣宗寺(そうしゅうじ)といい、JR 両毛線「佐野駅」・東武佐野線「佐野市駅」より徒歩10分足…

 佐野厄除け大師と啄木の歌 <3(おわり)>

啄木文学散歩・もくじ 3 「とちぎの百様 大図鑑」田中正造 石川啄木歌碑の裏 為竣徳院殿義巌徹玄大居士 七十四回忌菩提也 春日岡山惣宗寺住職旭岡聖順建之 奇しくも石川啄木生誕百年を記念して 昭和六十一年九月四日 佐野ラーメン・透き通った醤油スープ 絵…

 佐野厄除け大師と啄木の歌 <2>

啄木文学散歩・もくじ 2 「田中正造翁之墓」と「啄木歌碑」 「嗚呼慈侠 田中翁之墓」と「啄木歌碑」 夕川に葦は枯れたり 血にまとう民の叫びの など悲しきや 石川啄木 碑文 近代日本の先駆者田中正造翁は 明 治三十四年十二月十日第十五議会開 院式から帰る…

 佐野厄除け大師と啄木の歌 <1>

啄木文学散歩・もくじ 1 佐野厄除け大師 本堂と庭 佐野厄除け大師は、惣宗寺(そうしゅうじ) という天台宗の寺。 厄除け祈願と、身体安全・家内安全・心願成就・交通安全・合格祈願・良縁成就・子授成就などの祈願も受け付けている。 この季節、庭のツツジ…

 石川啄木と足尾鉱毒事件の田中正造

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2009年初春」からの再掲) 栃木県佐野市 石川啄木と足尾鉱毒事件の田中正造 足尾銅山の鉱毒問題に生涯をかけた田中正造の足跡を訪ね、正造の墓と石川啄木の歌碑のある「佐野厄除け大師」に初詣した。 1 佐野市郷土博物…

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <7 (おわり)>

啄木文学散歩・もくじ 7 「僕の心は凾館の空に彷徨ふ」 「市電「谷地頭駅」終点」 「なみだは重きものにしあるかな─啄木と郁雨─」遊座昭吾 編 宮崎郁雨「歌集『一握の砂』を讀む」 明治四十四年一月十七日(火曜日) (二四) 僕が啄木と初めて會つたのは四…

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <6>

啄木文学散歩・もくじ 6 「石川啄木一族の墓」 「“石川啄木一族の墓”を示す木柱」 車は冬期通行止めになっているが、徒歩は大丈夫。 この先に駐車場があるが一台も車はなかった。 施設整備や除雪用の車だけが通っていた。 「石川啄木一族の墓の説明」 石川…

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <5>

啄木文学散歩・もくじ 5 立待岬の歌碑「与謝野鉄幹・晶子」と「宮崎郁雨」 「立待岬の端にある与謝野寛・晶子の歌碑(中央の白い四角が歌碑説明板)」 「石川啄木と有島武郎 〜遙かなる夢の残像〜」北村巌 明治35年10月1日、啄木の短歌一首が『明星』に石川…

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <4>

啄木文学散歩・もくじ 4 函館市文学館 「函館市文学館 煉瓦及鉄筋コンクリ−ト造3階建て」 この建物は、大正10年(1921年)に第一銀行函館支店として建設されたもので煉瓦及鉄筋コンクリ−ト造3階建てです。 昭和39年(1964年)に同銀行が移転し、株式会社…

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <3>

啄木文学散歩・もくじ 3 啄木住居跡・函館の啄木年譜 「石川啄木居住地跡の説明板」 同人たちとの気の置けない交流は、これすべて青柳町でなされたのである。現在の函館公園正面入口前の道路(今は公園通りとも啄木通りとも呼ばれる)を斜めに挟んでの互い…

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <2>

啄木文学散歩・もくじ 2 啄木小公園この公園は、哀愁テーマパーク「土方・啄木浪漫館」に隣接している。 「大森浜から見る立待岬」 尖端の低くなったところに啄木一族の墓がある。 「あずまやの屋根の右端下に啄木像」 岬の右端の一段高いところが函館山。 …

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <1>

啄木文学散歩・もくじ 1 哀愁テーマパーク「土方・啄木浪漫館」(石川啄木函館記念館) 函館と啄木の関わりは、函館の文芸結社「苜蓿社(ぼくしゅくしゃ)」によって始まりましたが漂泊生活の出発ともなった函館生活の132日間は、彼の26年の生涯にとって最…

函館落ちした啄木、市立図書館、函館公園、一族墓 <1>

啄木文学散歩・もくじ (「啄木の息HP 2001年夏」からの再掲)◯函館落ちした啄木「空からの函館」 こんもりと緑の山が函館山。左下に突き出ているのが大鼻岬。海岸線がずっと右下に延びて曲がったところが立待岬で啄木一族の墓がある。 「何か働く職が得られ…

東京都北区 赤レンガ図書館で「石川啄木の日記を読み解く」

啄木文学散歩・もくじ 東京都 北区立中央図書館 ドナルド・キーンコレクションコーナーのある赤レンガ図書館 パネル展「石川啄木の日記を読み解く」--ドナルド・キーン 「砲兵工廠の赤レンガ倉庫」が「赤レンガ図書館」に 1905年(明治38)当時、小石川にあ…

湯島天神の梅まつりと石川啄木の通った坂道 東京都:文京区

啄木文学散歩・もくじ 湯島天神の梅 「湯島天神の境内」湯島天神の梅まつりは1958年(昭和33)から開催され、今年でちょうど60回目。とても賑わっていた。 梅まつりの期間は2月8日から3月8日まで、入園無料で楽しめる。 期間中はイベントがたくさんある。神…

2016年暮れ「石川啄木終焉の地歌碑・顕彰室」 <4>-おわり-

啄木文学散歩・もくじ 4 「石川啄木 終焉の地」2016年暮れの様子 <動画 90秒>歌碑と顕彰室のある「石川啄木 終焉の地」 (近隣の工事の音が入っています。音声はありません) *グループホーム「いつつ星」1階の一部が「石川啄木顕彰室」 *その隣りにあ…

2016年暮れ「石川啄木終焉の地歌碑・顕彰室」 <3>

啄木文学散歩・もくじ 3 「石川啄木終焉の地歌碑」 都会の一隅 静かな佇まい「石川啄木終焉の地歌碑」 啄木最後の日記「千九百十二年日記」 1912年(明治45年) 二月二十日(火) 日記をつけなかつた事十二日に及んだ。その間私は毎日毎日熱のために苦しめ…

2016年暮れ「石川啄木終焉の地歌碑・顕彰室」 <2>

啄木文学散歩・もくじ 2 「石川啄木顕彰室」 石川啄木顕彰室と歌碑 小石川区久堅町74番地46号(現・東京都文京区小石川5-11-7) 1911年(明治44年)8月7日、啄木は喜之床の二階からこの地の借家に移り、翌1912年4月13日午前9時30分に病没するまで居住した。…

2016年暮れ「石川啄木終焉の地歌碑・顕彰室」 <1>

啄木文学散歩・もくじ 1 「石川啄木終焉の地」今昔 歌碑・顕彰室のある通り 手前のビル1階の一部が「石川啄木顕彰室」 通りに面して「石川啄木終焉の地歌碑」 隣りの白いビルが「石川啄木終焉の地」 2015年3月22日、このように「石川啄木終焉の地歌碑」と「…

秋田県鹿角と石川啄木をつなぐ縁 <10(おわり)>

啄木文学散歩・もくじ 10 鹿角市役所の啄木詩碑、交響詩『鹿角へ、わが故郷へ』作詞 石川啄木 グッと近寄って「石川啄木詩碑」(鹿角市役所) ◎現代文訳 鹿角の国を懐ふ歌 石川啄木 青い山々に囲まれている 遙か鹿角の国を回想していると 感動の涙が流れてき…

秋田県鹿角と石川啄木をつなぐ縁 <9>

啄木文学散歩・もくじ 9 鹿角市役所前庭にある「石川啄木詩碑」 鹿角市役所前矢印の下、緑の中に長方形の啄木詩碑がある。 啄木詩碑よく手入れされた庭園。大きな鯉の泳ぐ池の畔にある 堂々たる風格縦0.9m、横2.2m、奥行0.3m。 発表◎「明星」 1906(明治39)…