〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い息づかいに触れてみたい

啄木の歌に魅せられて 啄木祭 5/12

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2019年 啄木祭 

・2019年5月12日(日)13:00 開場 13:30 開会

・会場 東京都しごとセンター 東京都千代田区飯田橋3-10-3

・参加費 当日券 1200円 前売券 1000円


記念講演 「啄木の歌に魅せられて」 二冊の「啄木文献目録」を編んで
 講師 佐藤 勝 (湘南啄木文庫主宰)
   
主催 新日本歌人協会
協賛 文化団体連絡会議
後援 国際啄木学会

 

2019年 啄木祭 | 新日本歌人

 


 

啄木の参加した修学旅行先写真なども展示 盛岡てがみ館 〜6/17

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フリージア

旧制・盛岡中の“黄金時代”展

  • 米内光政や石川啄木などが学んだ旧制・盛岡中学校の黄金時代を直筆の手紙や写真で紹介する企画展が盛岡市「盛岡てがみ館」で開かれています。
  • 

現在の盛岡第一高校の前身、旧制・盛岡中学校では昭和初期に総理大臣を務めた米内光政や歌人石川啄木、それに、言語学者金田一京助などが在籍しました。啄木も参加した修学旅行先の釜石での写真なども展示されています。
  • 盛岡てがみ館の学芸員佐々木章行さんは「偉人たちの成功の影にも青春時代の教育や出会いがあったことを知ってほしいです」と話しています。
6月17日まで。

(2019-04-16 NHKニュース)

 

旧制・盛岡中の“黄金時代”展|NHK 岩手県のニュース

 


啄木が願った新しき明日を信じつつ 啄木忌法要

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クスノキ

歌人の魂 次の時代へ
 啄木忌法要

  • 第108回啄木忌法要が13日、盛岡市渋民の宝徳寺で営まれた。啄木が1912(明治45)年に東京都文京区小石川に没したことを縁に盛岡市と文京区は2月、友好都市となった。法要では啄木の文学を、次の時代に継承することを誓った。
  • 啄木に縁のある宝徳寺、常光寺、喜雲寺の読経に参列者が焼香。地元の合唱団のコールすずらんが、啄木作品に武井三郎作曲の「新しき明日を」を献歌。
  • 昼食会では渋民地区自治会連絡協議会の地域協働事業として企画したヤマゴンコーポレーションの「啄木弁当」を味わった。啄木の好物だったそば、カボチャや玉山地区名産の黒平豆などを詰め合わせ、歌人を語り合い、明治の風味をしのんだ。

(2019-04-14 盛岡タイムス)

 


「啄木のふるさと」産声 渋民駅副駅名

  • 副駅名は計4カ所に掲示され、列車内アナウンスにも活用される。「間もなく渋民、渋民、啄木のふるさと」の音声が流れる。
  • 渋民地区自治会連絡協議会の佐々木会長は「今はバスで来る啄木ファンが多いが、IGRを使って石川啄木記念館まで来るようになれば。駅から歩くコース、タクシーのコースなどいろいろなことが考えられる。今度できる道の駅も含めて集客の機会になることを期待したい」と副駅名導入を歓迎した。

(2019-04-14 盛岡タイムス)

 


副駅名「啄木のふるさと」
  IGR渋民駅 命日にお披露目

  • 石川啄木の命日にあたる13日、 IGR いわて銀河鉄道渋民駅の副駅名「啄木のふるさと」がお披露目された。啄木が少年時代を過ごした宝徳寺では、恒例の「啄木忌」も営まれた。
  • 駅舎入り口に掲げられた副駅名は、啄木の手紙から引用した直筆の文字を組み合わせた。
  • 啄木忌では国際啄木学会・池田功会長が講演し、啄木の日記や手紙の魅力を紹介。参列者は郷土が誇る歌人に思いをはせていた。

(2019-04-14 読売新聞)

 

 


108回目の「啄木忌」全国から参列

  • 望郷の歌人石川啄木を悼む108回目の「啄木忌」が命日の13日、幼少期を過ごした盛岡市渋民の宝徳寺であった。
  • 盛岡市は啄木が生涯を閉じた東京都文京区と友好都市提携を結んだ。啄木祭実行委員会の竹田孝男委員長は「年号の改むる年に意義深く、両自治体のさらなる発展につながることを期待する。啄木が願った新しき明日を信じつつ、啄木の歌からそれぞれ何かを学び取って頂けたら」と話した。
  • 地元のコーラスグループも、啄木の第2歌集「悲しき玩具」に所収された「新しき明日の来(きた)るを信ずといふ 自分の言葉に 嘘はなけれど」の歌をメロディーにのせて歌いあげた。(渡辺洋介)

(2019-04-14 朝日新聞

 

 


郷土の偉人しのぶ
 宝徳寺で「啄木忌法要」

  • 石川啄木の命日にあたる13日、渋民の宝徳寺で法要が開かれた。
  • 6月1日には、同市渋民の姫神ホールで啄木の偉業をたたえる「啄木祭」が開催され、盛岡市在住の芥川賞作家、沼田真佑さんの講話などが予定されている。石川啄木記念館の森義真館長は「偉大な先人である啄木を知る良い機会になると思う。ぜひ足を運んでほしい」と来場を呼びかけている。(小鍛冶孝志)

(2019-04-14 毎日新聞

 


 

盛岡・啄木忌 親しまれる作品を作った啄木の功績を広めたい

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サクラとスカイツリー

早世の歌人しのぶ 盛岡、啄木命日に法要や講話

  • 盛岡市渋民出身の歌人石川啄木(1886~1912年)の第108回啄木忌法要(啄木祭実行委主催)は命日の13日、同市渋民の宝徳寺(遊座芳匡住職)で営まれ、啄木ファンや地元住民約100人が早世の歌人をしのんだ。
  • 同実行委の竹田孝男委員長が「短い人生の中で親しまれる作品を生み出してきた啄木の功績を今後も広めていきたい」とあいさつ。読経の中、参列者は焼香し、遺影に手を合わせた。
  • 法要に続き、国際啄木学会長で明治大教授の池田功(いさお)さんが講話した。

(2019-04-14 岩手日報

 

早世の歌人しのぶ 盛岡、啄木命日に法要や講話 | 岩手日報 IWATE NIPPO

 


 

啄木忌法要 宝徳寺で偉人しのぶ 盛岡・渋民

 

  • 盛岡市出身の歌人石川啄木の命日にあたる13日、同市渋民の宝徳寺で、「第108回啄木忌法要」が開かれた。県内外から約100人が参列し、郷土の偉人をしのんだ。
  • 参列者の焼香後、地元コーラスグループが啄木の短歌に曲を付けて献歌。地元の吟詠会が啄木の短歌「春まだ浅く」を吟じた。

(2019-04-14 毎日新聞

 

啄木忌法要:宝徳寺で郷土の偉人しのぶ 県内外から100人参列 盛岡・渋民 /岩手 - 毎日新聞

 


 

函館ゆかりの歌人しのぶ 石川啄木108回忌法要

  • 函館ゆかりの歌人石川啄木の命日となった13日、函館啄木会(岡田弘代表理事)は東海山地蔵堂で、108回忌法要が営まれた。関係者や市民ら44人が参列し、故人をしのんだ。
  • 

岡田代表理事は「天気も良く、たくさん参加してくれたのでうれしい。何年たっても人気がある啄木はうらやましいですね」と笑顔で話していた。


  • 法要後には、函館渡辺病院循環器内科医長で啄木の研究も行っている水関清さんが「ふたつの『一握の砂』と啄木の『生活の発見』」と題して講演。小説が書けずに苦労していた時代につづられた「ローマ字日記」について水関さんは「田中王堂の評論に出会ったことなど、ローマ字日記の中に啄木が『一握の砂』という後世に残る歌集を書くきっかけになった部分がある」と説明した

(2019-04-14 函館新聞

 

函館ゆかりの歌人しのぶ 石川啄木108回忌法要 | 2019/4/14 函館新聞社/函館地域ニュース by e-HAKODATE

 


 

 

 

渋民駅の入り口に「啄木のふるさと」の看板を設置

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サクラ

渋民駅の愛称「啄木のふるさと」

  • 歌人石川啄木は当時の渋民村、今の盛岡市で育ち明治45年4月13日に、26歳の若さで亡くなりました。
  • 
ふるさとにある IGR いわて銀河鉄道渋民駅では地元の人たちの要望を受けて駅の愛称が「啄木のふるさと」に決まり、命日の13日に、記念のセレモニーが行われました。

  • この中で IGR の浅沼康揮社長は「啄木ゆかりの地の玄関口としてこれまで以上に認知されてほしい」とあいさつしました。
また、駅の入り口には「啄木のふるさと」と書かれた看板が設置され、披露されました。

  • この看板の文字は啄木が実際に書いた手紙の中から集めて作ったと言うことです。さらに列車内のアナウンスで渋民駅の駅名とともに愛称の「啄木のふるさと」が紹介されることになり、観光客に PR していくことにしています。


(2019-04-13 NHKニュース 岩手)

 

渋民駅の愛称「啄木のふるさと」|NHK 岩手県のニュース

 


 

岩手)渋民駅の愛称「啄木のふるさと」 いわて銀河鉄道

  •  IGRを利用する観光客らに「啄木のふるさと」であることをPRするほか、市とIGR、地域住民が一体となって地域を盛り上げていくことが目的だ。市玉山総合事務所の担当者は「啄木とセットで渋民を認知してもらえれば」と話す。
  • 車内でのアナウンスは、3月16日のダイヤ改定から実施し、愛称の駅舎表示やホーム表示板も変更した。IGRが副駅名を導入するのは滝沢駅の「学園の杜(もり)」、一戸駅の「縄文の里」に続き3駅目となる。(成田認)

(2019-04-13 朝日新聞

 

岩手)渋民駅の愛称「啄木のふるさと」 いわて銀河鉄道:朝日新聞デジタル

 


啄木はこんなにも 長く深く広く 人をつなげる人でもあった

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[サクラ]

 

ばん茶せん茶 [岩手日報]

啄木忌に寄せて

  • 今年もまた啄木忌がめぐってきます。16年前、渋民に縁のある者3人で啄木終焉の地である東京都小石川区を訪ね、以来一度も欠かすことなくこの地を訪れ、しのぶということをしてきました。
  • 3人のうちの1人と私は渋民中学の同級生。もう1人の方はお母上が渋民出身とのこと。この2人は高校で同じクラスとなり、以来啄木の縁で60年の長きにわたり交流を続けてこられたのでした。
  • 昨年の4月13日、私は1人でその地を訪れていました。2人とも病状が楽観できない状況であることを伝え聞いてはおりました。そしてお二人とも、啄木忌を見届けるように、同じ4月に旅立ってしまったのです。
  • 年が明け2月21日の日報記事に、盛岡駅前の滝の広場に「文京区・盛岡市 友好都市提携記念碑」が建ったことが載りました。草葉の陰の啄木さんに知らせるすべはないものかと思ってしまいました。啄木は、こんなにも長く深く広く、人をつなげる人でもあったんですね。
  • 次回帰盛の折には、滝の広場のその碑をぜひ見たいと、今から楽しみにしているところです。

(柴田和子 千葉県流山市、76歳)

(2019-04-10 岩手日報

 


「啄木と花」 名も知らぬ鳥啄めり赤き茨の実

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[ハマナス]

 

真生(SHINSEI)2019年 no.309

石川啄木と花」 近藤典彦


  第十三回 いばら

  愁ひ来て、
  丘にのぼれば
  名も知らぬ鳥啄めり赤き茨の実
   (啄めり=ついばめり)(茨の実=ばらのみ)

 

 作歌は1908年(明治41)8月。『一握の砂』(明治43年12月刊)所収。

 「紅き実」は青春の夢の象徴。その実を小鳥が来て啄んでは飛び去ってしまう。わが青春の夢を啄むかのように。
 「丘」は函館の砂山(砂丘)をイメージしてのことらしい。すると「茨」はかの浜薔薇(はまなす)である。南天などより大きい紅い実をつける。花はあざやかな紫紅色。

 

[解釈] 愁いをいだくぼくは家を出て砂丘をめざした。砂丘にのぼるとそこには浜薔薇の輝くような紅い実がたくさんなっている。名も知らぬ鳥がその実を啄んでいた。わが青春の愁いを啄むかのように。

 

 前回の「アカシヤ」でも第二回「馬鈴薯の花」でもわたくしは「詩人啄木の最大のライバル・親友北原白秋」と記しました。実際ふたりの関係は「半端ないって」!

 1902年(明35)10月少年啄木の歌一首が文芸雑誌「明星」に、同年同月少年白秋の歌一首が文芸雑誌「文庫」に載ったのを皮切りに、ふたりは詩に歌にその天才を競ってゆくことになります。

 最後の競演は白秋『思ひ出』啄木『呼子と口笛』という詩集の姿でなされました。そのうちの傑作各一遍で競演ぶりを垣間見てください。

 

 曼珠沙華

         注:GONSHAN は良家の令嬢

GONSHAN. GONSHAN. 何処へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)、曼珠沙華
けふも手折りに来たわいな。
GONSHAN. GONSHAN. 何本か、
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちやうど、あの児の年の数。
GONSHAN. GONSHAN. 気をつけな。
ひとつ摘んでも、日は真昼、
日は真昼、
ひとつあとからまたひらく。
GONSHAN. GONSHAN. 何故(なし)泣くろ。
何時まで取つても、曼珠沙華
曼珠沙華
恐(こは)や、赤しや、まだ七つ。

 


 飛行機

       1911. 6. 27.  TOKYO.

見よ、今日も、かの蒼空に


飛行機の高く飛べるを。

 

給仕づとめの少年が


たまに非番の日曜日、


肺病やみの母親とたつた二人の家にゐて、


ひとりせつせとリイダアの独学をする眼の疲れ……

 

見よ、今日も、かの蒼空に


飛行機の高く飛べるを。

 
<真生流機関誌「真生(SHINSEI)」2019年 no.309 季刊>(華道の流派)

 


愛称は「啄木のふるさと」 銀河鉄道の渋民駅

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[上野公園]

渋民駅愛称は「啄木のふるさと」 命日の13日に式典

  • 導入に伴い、渋民駅に到着する前の列車内アナウンスで「啄木のふるさと」と放送するほか、駅舎やホームの駅名表示板に副駅名を記す。式典では列車内アナウンスのお披露目などを予定している。

(2019-04-03 岩手日報

 

渋民駅愛称は「啄木のふるさと」 命日の13日に式典 | 岩手日報 IWATE NIPPO

 


石川啄木は桜を歌っていない…

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[上野公園]

小社会

花見の風習が、広く庶民に行き渡ったのは江戸時代...

  • 花見の風習が、広く庶民に行き渡ったのは江戸時代。貧乏長屋の大家と店子(たなこ)たちが花見に繰り出す落語、「長屋の花見」のようなドンチャン騒ぎが始まった。
  • 作家の中野孝次さんが、桜が近現代の文学に与えた影響を随筆に書いている。かいつまんで言えば、明治の軍国主義で桜は国花となり、大和魂の象徴とみなされた。花見の習慣もそのまま引き継がれた。
  • その後、明治も末期になると、桜の古木は枯れ、文学の上でも花見ははやらなくなった。石川啄木などは桜を歌っていないという。文学は孤独な個人の心に目を向け始めた。
  • 現に花見となれば、ブルーシートを敷いて場所取りにいそしむ人がいる。現代の庶民には案外、一見平凡だが奥深い味わいのある、昔の一句が似合いかもしれない。〈さまざまのこと思ひ出す桜かな〉芭蕉

(2019-04-04 高知新聞

 

小社会 花見の風習が、広く庶民に行き渡ったのは江戸時代...|高知新聞

 


本と人と 『続 石川啄木文献書誌集大成』佐藤 勝 さん

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[上野公園]

 

読書「本と人と」

『続 石川啄木文献書誌集大成』佐藤 勝 さん

  • JR上野駅構内15番ホームには「ふるさとの訛なつかし/停車場の人ごみの中に/そを聴きにゆく」の啄木歌碑があります。
  • 昭和33年(1958年)15歳の少年だった著者は福島県の山間の町から「集団就職列車」で上野駅に着きました。それから10数年後、神田の古本屋で復刻版『一握の砂』を見つけ、啄木と出合います。
  • 「孤独な私を励まし、慰めてくれた。ページをめくりながら、啄木が生きた時代と自分のいきている昭和30年、40年代がなぜか似ていた」
  • 望郷の念を抱きつつ働き、啄木を読み、その本や資料を集めた半世紀が、今回の続『集大成』に結実。98年から2017年までに出された1万4000点余の文献名などを網羅、編著者人名索引も2200人になります。
  • 「同好の士、近代文学専攻の方たちの惜しみない協力のたまものです」。今は妻と孫に寄り添い、自分への優しさと他者へのやさしさを持つ人です。

(2019-03-31 赤旗