鹿角市役所前
矢印の下、緑の中に長方形の啄木詩碑がある。
啄木詩碑
よく手入れされた庭園。
大きな鯉の泳ぐ池の畔にある
堂々たる風格
縦0.9m、横2.2m、奥行0.3m。
発表
◎「明星」 1906(明治39)年1月号
「鹿角の国を憶ふ歌」 <詩>
◎「紅苜蓿」 1907(明治40)年2月号
「鹿角の國を憶ふ歌」 <詩>
(『石川啄木全集 第二巻』(筑摩書房)掲載の「鹿角の國を憶ふ歌」を読むと、「明星」と「紅苜蓿」では多少の違いがある)
鹿角の国を懐ふ歌
石川啄木
青垣山を繞らせる
天さかる鹿角の国をしのぶれば、
涙し流る。──今も猶、錦木塚の
大公孫樹、月よき夜は夜な夜なに、
夏も黄金の葉と変り、代々に伝へて、
あたらしき恋の譚の梭の音の、
風吹きくれば吹きゆけば、枝ゆ静かに、
月の光の白糸の細布をこそ
織ると聞け。
十和田の嶽の古沢の
鬼栖める峡のふかみに、古へゆ
こもれる雲の滴りの、足あとつかぬ
岩苔の緑を吸ひて流れ来し
渓川崖路、さを鹿の妻恋ひ啼くに、
人怖ぢぬ鹿角の国をしのぶれば、
涙し流る。──その昔、代々に朽せぬ
碑やはた、白石の廻廊や、
王垣、壁画、銅の獅子、また物語、
のこさねど、日月星を生む如く、
人の国なるきらら星──芸術の燭の
生の親「愛」こそ、先づは、若児等の
相思の花に映り出でて、花の印や、
錦木も色をぞ添へし真盛りに、
鹿笛吹きならす猟夫らが弓の弦緒の
鳴りの音も、枝に列べる彩雉子の
番と見れば、鳴らざりしその昔、
しのぶれば涙し流る。
神の使の羽かろき
蜻蛉子が告げの泉の壽きに
流れはつきぬ米白の水にうるほふ
高草の鹿角の国をしのぶれば、
涙し流る。──その川に斎ひ心の
肌浄め、朝な夕なにみがかれて、
みめも清しく色白の鹿角少女が、
夕づとめ、──肩にま白き雲纏ふ
逆鉾杉の神寂びし根にむら繁る
大木の中は神住む古御堂、
壁の墨絵の大井も浮きてし見ゆる
目暮れ時、樹がくれ沈む秋の日の
黄に曳く摺裳みだれ這ふ石階ふみて、
静静と御供の神米、ささげつつ、
伏目にのぼる麻衣が、藁束ねせし
黒髪に神代の水の香こそすれ。
かへしの足の小ばしりに、杉の陰路を
すたすたと、露に濡れたる真素足に
行きこそ通へ、──はららかす袖に葉洩れの
日を染めて神の使の蜻蛉子が
いのちの水の源を告げに来し日を
さながらに、──青駒飼へる背が門へ。
その敬虔さ、美しさ、米白川と
もろともに流れたえせぬ風流の
錦木立てし若児等が色にも出づる
心映、──神代のままを目のあたり
見ると思へば涙し流る。
(浅沼秀政『啄木文学碑紀行』白ゆり発行 1996年)
(つづく)