〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い息づかいに触れてみたい

 132日間の函館生活と石川啄木一族の墓 <4>

啄木文学散歩・もくじ


4 函館市文学館


函館市文学館 煉瓦及鉄筋コンクリ−ト造3階建て」


この建物は、大正10年(1921年)に第一銀行函館支店として建設されたもので煉瓦及鉄筋コンクリ−ト造3階建てです。
昭和39年(1964年)に同銀行が移転し、株式会社ジャックスが使用してきましたが、平成元年(1989年)、文化振興に役立ててもらいたいということで同社より函館市に寄贈されました。
(函館文学館パンフ)








「ハイカラでモダン」


国際貿易港として発展した函館は、ハイカラでモダンな歴史的背景の中で多くの文人が往来し、舞台となった作品が数多く発表されている。


歴史と風土が育んだ「函館ゆかりの作家たち」
函館市ゆかりの文学者たちの著書や多くの直筆原稿、愛用の身の回り品などを展示。


今 東光 こん・とうこう 明治31年(1898年)〜昭和52年(1977年)
お吟さま」「闘鶏」「春泥尼抄」「悪名」

亀井 勝一郎 かめい・かついちろう 明治40年(1907年)〜昭和41年(1966年)
 「大和古寺風物誌」「我が精神の遍歴」「愛の無常について

宇江佐 真理 うえざ・まり 昭和24年(1949年)〜平成27年(2015年)
「幻の声」「深川恋物語」「髪結い伊三次」シリーズ、「雷桜

辻 仁成 つじ・ひとなり 昭和34年(1959年)
 「クラウディ」「母なる凪と父なる時化」「海峡の光」





「こちらが、啄木座像の石膏原型」


2階は、詩人「石川啄木」について紹介するフロア。内部の写真はこの像のところだけ許可されている。

啄木座像は大森浜啄木小公園の座像の石膏原型になる。

  • 啄木の自筆に見られる語彙の豊富さ、知識には感動すら覚える。それ故か、啄木自身による明らかな誤字、誤用を見つけると、「かの啄木にしても……」という感を抱かされる。新字体編集の全集では到底、味わえない手書き原稿のおもしろさであろう。
  • 函館市文学館では、展示資料は限られるとは言え、啄木の自筆原稿が、直筆であれ、複製であれ、全文か或いは部分的にも精読できるので、筑摩『石川啄木全集』との対比照合ができる。ガラス越しではあるが、それらの資料を全部、数カ月かけて照合してみたが、現行の筑摩『石川啄木全集』には誤記、誤植と思われる箇所がかなり有ることに気付いた。全面的な改訂がなされることを期待したい。

(竹原三哉「詩稿『ハコダテノ歌』と筑摩書房の『石川啄木全集』──草稿と全集との照合から見えたもの── 函館市文学館「生誕120年記念 石川啄木」 2006年発行)

石川啄木の函館にちなんだ歌


   函館の青柳町こそかなしけれ
   友の恋歌
   矢ぐるまの花


函館の青柳町時代がとりわけて懐かしい。友の恋歌を聴いて楽しんだあのころの生活よ。家の周囲に咲いていた矢車の花よ。


   こころざし得ぬ人人の
   あつまりて酒のむ場所が
   我が家なりしかな


すぐれた才能をもちながらも、家庭の事情のため地方に埋もれて志を得ない人々が集まってきて、酒飲む場所が私の家であったことよ。

函館市文学館パンフ)






◎明治45年5月21日 房州より 妹光子宛

「節子が記す啄木最後の様子」
 〜「終り迄気がたしかでしたよ」〜

  • 三月になつてからどうしても今死ぬのは残念だと云ふて三浦と云ふお医者にかゝりましたが、医者はもうだめだと見きりをつけて居たさうです。
  • 三時少し前に節子節子起きてくれと申しますから急いで起きて見ましたらビッショリ汗になつて、ひどく息ぎれがする之がなほらなければ死ぬと申ましてね、水を呑みましたが、年よりが云ふ二階おちでした、それから少しおちついてから何か云ふ事がと聞きましたら、お前には気の毒だつた、早くお産して丈夫になり京子を育てゝくれと申し、お父様にはすまないけれどもかせいで下さいと申ましてね。
  • 終り迄気がたしかでしたよ。あんまり気がたしかすぎたものですからおはりの朝も医者を入口に送り出し其処で色ゝ話しますとあとで医者は何と云ふたときくのですもの、どれ位つらかつたでせう。私の心中お察し下さいませ。死ぬ事はもうかくごして居ましても何とかして生きたいと云ふ念は充分ありました。いちごのヂヤムを食べましてねー、あまりあまいから田舎に住んで自分で作てもつとよくこしらへようね等云ひますのでこう云ふ事を云はれますとたゞたゞ私なきなき致しましたよ

平成24年度企画展図録 啄木没後百年特別企画「石川啄木の終焉と妻節子」函館市文学館 2012年発行)

函館市文学館 石川啄木直筆資料展
「明治四十一年四月の書簡」
函館市文学館では、今年度、明治41年4月の小樽、そして、東京などから宮崎大四郎(郁雨)と岩崎正等に宛てた手紙4通とはがき4通を展示します。
「書簡文学」として文学的にきわめて高く評価されています。実際、短歌や詩、小説、評論、日記などと切り離して読んでも、質の高い文学の輝きをもって読者に迫ってきます。

  • 期間 〜平成29年4月5日(水)

(つづく)