◎啄木文学散歩・もくじ https://takuboku-no-iki.hatenablog.com/entries/2017/01/02
四万十市「幸徳秋水碑」から 高知市「石川啄木碑」へ <7>

オーテピア高知図書館
2017年12月にオープンした新図書館複合施設「オーテピア」。
1階「オーテピア高知声と点字の図書館」
2~4階「オーテピア高知図書館」
5階「高知みらい科学館」

オーテピアの建築
各階外装のパネルは約1000枚ある。
木目調になっているが、GRCでセメントモルタルとガラス繊維の複合体。
重くて大きいため取り付けに苦労したそうだ。

報告──『時代閉塞の現状』と現代
三枝昻之
- 「時代閉塞の現状」はなぜ書かれたか。よく知られているように大逆事件である。明治43年6月に幸徳秋水ら無政府主義者逮捕の報道があってから啄木は機会あるごとにこの事件に反応している。主な論文の一つ「日本無政府主義者陰謀事件経過及び附帯現象」の冒頭。
明治43年(西暦1910)6月2日
東京各新聞社、東京地方裁判所検事局より本件の犯罪に関する一切の事の記事差止命令を受く。各新聞社皆この命令により初めて本件の発生を知れり。命令はやがて全国の新聞社に通達せられたり。
- なにも情報のない事件が、いきなり記事の差し止めという先制攻撃によって、新聞社の知るところになった。異様な事件であることを暗示する書き出しである。
- 秋水への死刑判決を受けて「畜生! 駄目だ!」と地団駄を踏みながら取りかかった作業であり、「これは後々への記念のためである」は秋水の死刑執行当日夜の記述である。怒り、嘆くだけでなく、記録性の高いこの仕事によって、啄木は大逆事件に関する歴史の証言者にもなった。
- こうした一連の動きの中で「時代閉塞の現状」と「強権に確執を醸す」を理解したいものである。
- 実は啄木、身体の不調を自覚しながらこの作業に身を削っていた。日記の1月27日には「五六日前から腹が張つてしやうがない」とあり、29日は「腹がまた大きくなつたやうで、坐つてゐても多少苦し」くなり、電報を打って勤務先の東京朝日新聞社を休んだ。1月30日には出社したが、これが啄木最後の出社となった。自分の非力を強く自覚するから、せめて歴史の証言者となるべく身を削る。そんな啄木がここにはいる。
(「現代短歌」2016年3月号
特集 よみがえる啄木 石川啄木生誕130年
『時代閉塞の現状』と現代)
(つづく)