(つづき)
<その4>
《海酸漿》
貞夫と恒太郎は神功皇后を祀る社殿のうしろで弁当をひろげた。緑一色の耕地の中に点在する家々の白壁。四すじのたて縞のように盆地を走る葛城、曾我、飛鳥、寺川の流れ。その果てにかすむ、信貴、生駒の山なみ。小さな国、大和の姿。ふっと物悲しいような思いが貞夫の胸を走り過ぎた。
「里村君。畑中が石川啄木の歌集を持ってるの、知ってるけ?」
貞夫は箸をやすめて恒太郎の顔をのぞいた。
「へーえ。それは知らぬかったなア。畑中君はその歌集を買うたんけ。」
「いいや。大阪の兄さんに送ってもろたんや。
" ふるさとの山に向ひて 言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな "
わし、生駒山を見てたら、ひょっと思い出してン。」
「僕もその歌なら増山先生に聞かしてもろたことがある。先生も啄木の歌は大好きや。」
恒太郎は中学の受験準備のため、三学期に入ってから毎日曜、八木の増山先生の下宿に通っていたのだ。
「その歌集に、こういうのがあるネ。
" 摩れあへる肩のひまより わづかにも
見きといふさへ日記に残れり ''」
(つづく)