〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

非日常の世界にトリップする旅 「ふるさとの訛なつかし停車場の……」

ナツツバキ

人ごみの中にそを聴きにゆく

  • 石川啄木の短歌は胸に沁みる。「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」。啄木は東京に出てきたものの、生活苦から望郷の思い止みがたく、ふらりと上野駅に行く。北海道や東北から来た人々、帰ってゆく人々の中に身を置き、彼らの訛のある言葉の中に故郷を偲ぶという歌である。私も18歳で故郷を後にし、貧しく殺風景な東京のアパートの一室で、城下町萩で過ごした日々や言葉の訛を思い出したものだ。
  • あれから半世紀経った今、米国では3年間のコロナ禍での生活から解放された人々が、夏休みをきっかけにどっと旅に出始めた。私もフロリダに転居した娘を訪ねた。
  • それにしても最近の旅は様変わりした。飛行機の切符や搭乗券を片手に、掲示板を見ながら空港内をゆっくり歩き回って搭乗口を探すなどという優雅さはもうない。今は飛行機の切符から搭乗券まですべてPCで済ませ、荷物を預けない限り空港カウンターに行くこともない。
  • 行き交う見知らぬ人々を見ながら、どこから来て、何の用事で、どこに行くのだろう、どんな人生なのだろうかとぼんやり眺めている私はきっと異常者だろう。
  • 啄木の孤独と私の孤独が重なって静かな気持ちになり、力が湧いてくる。非日常の世界にトリップする旅の醍醐味である。
    (ライター:樋口ちづ子)

(2023-08-06 US FrontLine)

 

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