『文豪たちの友情』
石井 千湖(著)
彼らの関係は、とてもややこしくて、とても美しい。
文豪同士の友情を追ったエッセイ集。
第二章 早すぎる別れ 夭逝した文豪と友人たち
驚きの「借金メモ」/天才詩人の挫折と流浪/世界に唯一人の金田一君/ローマ字日記と春の圧迫/最期の言葉
世界に唯一人の金田一君
当時の日記に啄木はこう書いている。
- 金田一君といふ人は、世界に唯一人の人である。かくも優しい情を持つた人、かくも浄らかな情を持つた人、かくもなつかしい人、決して世に二人とあるべきで無い。若し予が女であつたら、屹度この人を恋したであらうと考へた。
最期の言葉
1912(明治45)年4月13日早朝、啄木が危篤に陥ったことを知り、金田一は彼の家に駆けつけた。
- 上ってすぐ隔ての襖をあけると、仰向けに此方を向いて寝ていた石川君の顔、それはすっかり衰容が来て、面がわりしたのに先ず吐胸を突かれたが、同時に、洞穴があいたように、ぱくりと其の口と目と鼻孔が開いて、『たのむ!』と、大きなかすれた声が風のように私の出ばなへかぶさって来た。私は死霊にでも逢ったよう、膝が泳いで、のめるようにそこへ坐ったばかり、いう所の言葉を知らなかった。 (金田一京助「啄木余響」)
- 二十六歳の若さで亡くなるまで、啄木はいろんな人に迷惑をかけた。「借金メモ」はその証拠だ。でも始めから踏み倒すつもりだったら、あんなに細かく記録しないだろう。宮崎郁雨も指摘している通り〈啄木は貧乏が嫌いであったと同様に、やはり借金は嫌いであったに違いないのである〉。ほしいものを我慢できないわがままな男なのに、妙に真面目で健気なところがあるから、みんな放っておけなかったのかもしれない。
- 後年、アイヌ語を初めて体系的に研究し、日本を代表する言語学者になった金田一は、そんな親友の思い出を繰り返し書いた。八十九年の生涯のなかで啄木と一緒に暮らしていたのは一年ちょっとにすぎないが、その一年は彼にとってかけがえのない時間だったのだ。
『文豪たちの友情』
著者 石井 千湖(著)/鈴木 次郎(イラスト)/ミキワカコ(イラスト)
発行 立東舎 2018年4月
定価 1,650円(本体1,500円+税10%)