〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

『北帰行』- 主人公が啄木の足跡をたどって北へ帰る物語

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コブシ

(ひもとく)外岡秀俊の志 「強権に確執を醸す」の持続 久間十義

  • 外岡秀俊が『北帰行』で世に出た頃を、私は昨日のことのように覚えている。突然彼から電話があって、高校からの友人何人かといっしょに喫茶店に呼び出されたのだ。「文藝賞を受賞した」
    はにかんだ声でそう告げられて、ついに仲間内から作家が出たか、と興奮した。
  • 『北帰行』は主人公が石川啄木の足跡をたどって北へ帰る物語だ。昏(くら)く甘い抒情(じょじょう)と、大学紛争後のアパシー政治的無関心)期における青年の決意表明が同居していた。彼が東大在学中で端正な美男子だったことも手伝い、ベストセラーになった。
  • デビュー作『北帰行』で彼が啄木の『時代閉塞(へいそく)の現状』に言及し、「強権に確執を醸す志」を強調していたことを思い出す。ロンドンからの報告に、崩壊する「戦後」の正体を明らめんとする、密(ひそ)かに醸された彼の「志」を感じるのは、一人私だけだろうか。
  • 彼はもういない。文学とマスコミの黄昏(たそがれ)で奮闘して、あっという間に彼岸に去っていった。残された私たちは、今はただ、大切な宝を喪(うしな)った事実を万感の思いで噛(か)み締めるしかない。

 ◇ひさま・じゅうぎ 作家 53年生まれ。『限界病院』『刑事たちの夏』など著書多数。

(2022-02-19 朝日新聞

 

(ひもとく)外岡秀俊の志 「強権に確執を醸す」の持続 久間十義:朝日新聞デジタル