〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

“啄木の小説「赤痢」論” ワクチン等のない時代に赤痢に苦しむ人々を描く <3(おわり)>

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ナンジャモンジャノキ

「日本文学 5」特集・病と文学

石川啄木の小説「赤痢」論 <3> 

  ──可能性を秘めた疫病文学──
                  池田 功明治大学

 

五 伝道師の英雄の夢から破局

  • かくして松太郎は、新しい信者も増えて十一軒にもなり、世の中が面白くなっていた。彼は信者が増えた時には教会堂が村に建つ夢をみる。
  • 松太郎は、お由という寡婦が家を三円で貸してくれるというのでそちらに引っ越す。お由に天理教への入信を勧めると、「俺みたいな悪党女にや神様も仏様も死る時で無えば用ア無えどもな。(中略)酒え飲むのさ邪魔さねえば、何方でも可いどら」と言い信者になってくれる。そして、お由の家の門に「神道天理教会」と書いた表札を掲げた。
  • ところが、すべてうまくゆくわけではなかった。お由に異変が起こる。お由は赤痢に感染してしまう。そして松太郎に悪態をつく。「ええ此嘘吐者、天理も糞も……」と怒鳴り、さらに「畜生奴! 狐! 嘘吐者!…」と言って倒れる。
  • 松太郎は、その倒れた音を聞きながら、底の知れぬアナの中へ落ちてゆく状態になって小説は終わる。

おわりに

  • 感染症である結核ハンセン病の小説は多く書かれているし、スペイン風邪もそうである。赤痢に関しても、小説の中に少しだけ描かれているものはある。ただし、テーマとかかわる形で描かれているのは、長塚節の『土』、もう一編は、有島武郎「お末の死」。しかし、この二編といえども啄木の小説「赤痢」のように、赤痢から起こる詳細な村の強行診断や交通遮断、強制隔離等が描かれているわけではない。さらに言えば、そのような疫病パニックに陥った村人の不安に乗じて新興宗教を布教しようとすることへの批判が描かれているわけでもない。
  • この新型コロナウイルスの恐怖に襲われている現代において、不安や恐怖をかきたてる疫病パニックと、それにおののく民衆が宗教にその救いを求めるメンタリティの根元的な有様や、またその疫病退散を布教の手段にしようとするところには、共通する一面があるかもしれない。
  • そういう意味で、小説「赤痢」は時代を越える可能性を秘めた疫病文学になっていると言えるのではないだろうか。

 


 

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「日本文学」中扉 特集〈 病と文学 〉



「日本文学 5」特集・病と文学
 2021年 VOL. 70 日本文学協会編集・刊行

 

(おわり)