〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

『海の蠍』-今の時代だからこそ手にしたい一書-


◯にいがたの一冊
「元患者の言葉 今こそ直視を」[新潟日報]

 増補新版『海の蠍』山下多恵子著

  • 文芸評論は意外とおもしろく、ほんの少しスリリングである−。読み終えてそんなことを思った。
  • 著者は気鋭の石川啄木研究者であるが、それと並んで二人の元ハンセン病患者の文芸創作にも強い関心を抱いてきた。短歌に生命を刻みつけた明石海人と「奇妙な国」を代表とする小説で元患者たちの深い思いを社会に訴えた島比呂志である。
  • 昨年の7月、相模原の障害者施設で元職員が数十人の入所者を殺傷した事件はまだ記憶に新しい。 強制隔離の根底にあった「優生思想」がいまだに死滅していないことを考えるとき、本書はより重みを増してくる。
  • ハンセン病国賠訴訟」に勝利したのち、社会復帰を果たし普通の生活を取り戻した島と著者との数年間にわたる温かい交流が描かれている。
  • 中でも遠く福岡から十日町の著者宅を訪れた島と、新潟の大学生たちの交流の逸話は興味深い。過去の負の歴史と教訓を受け止めた若者たちが確かに存在することは大きな希望でもあるし、両者の出会いの場を提供することで、著者の研究はひとつの着地点を見いだしたといえる。
  • 言葉の軽さ、そして生命の軽さが目につく今の時代だからこそ手にしたい一書である。

吉田和比古(新潟大名誉教授)
(2017-04-09 新潟日報

新刊『増補新版 海の蠍(さそり) 明石海人と島比呂志 ハンセン病文学の系譜』
 山下多恵子 著 未知谷
 2017年1月発行 2700円