[狐の嫁入り]
(《海酸漿》つづき)
<その5>
孝二はふとんにうつ伏せた。孝二は思いきり泣きたかった。けれども啄木がその歌でうたっているように孝二には泣けない。孝二は、
死ぬまでに一度会はむと
言ひやらば
君もかすかにうなづくらむか
そんな啄木のしあわせが羨ましかった。そして、そんなしあわせな啄木は、所詮遠い世界の人のように思われる。
(中略)
孝二は窓にもたれ、だまって二上山を見ていた。しかし瞳の底に動くのは、
いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ
啄木がかなしんだその砂よりも、もっと呆気なく自分の指間をこぼれて落ちて行った映像だった。
(つづく)