[アキノノゲシ]
煙 一
(P.82)
己が名をほのかに呼びて
涙せし
十四の春にかへる術なし
青空に消えゆく煙
さびしくも消えゆく煙
われにし似るか
<ルビ>己=おの。術=すべ。
(P.83)
かの旅の汽車の車掌が
ゆくりなくも
我が中学の友なりしかな
ほとばしる喞筒の水の
心地よさよ
しばしは若きこころもて見る
<ルビ>喞筒=ポンプ。
《つぶやき》
「己が名を」の歌は、「ほのか」に呼ぶということばの使い方にしびれる。漢字で表すと「仄か」となるかもしれないが、啄木はひらがなで書いた。「がんだれ」に「人」なんて文字を使うと、この歌から大きく外れてしまうような気がする。まるみのあるふわっとしたひらがなのなかに啄木の心が入っていると感ずる。自分の「十四の春」もほのかに浮かぶ。