コアカソ
産経抄
- 石川啄木は自ら著した歌論の中で、「一秒がいとしい」とつづった。一瞬、一秒の哀歓苦楽を逃すことなく書き留めるには「形が小さくて、手間暇のいらない歌が一番便利なのだ」と。三十一文字を表現の足場とする「歌人」は、天職だったろう。
- 先の歌論とほぼ同時期に出た『一握の砂』に味わい深い一首がある。〈こころよく/我にはたらく仕事あれ/それを仕遂げて死なむと思ふ〉。限りある時間を惜しみ、身を削るようにして詠んだ跡がうかがえる。この歌の翌々年、啄木は短い生涯を閉じた。没年26。
- 夭折(ようせつ)の歌人に比べ何という落差だろう。東京五輪・パラリンピックの裏側で、時間を巡る暗闘が逮捕者を生んだ。関連商品を急ぎ製造、販売したいスポンサーの紳士服大手と、依頼を受け大会組織委員会に諸々(もろもろ)の審査を急がせたとされる元理事の贈収賄事件である。
(2022-08-21 産経新聞)