社会文学 第55号 2022年3月1日
特集 文学から読み解く感染症──身体・分断・統治
啄木作品から結核を読み解く
──男性の悲劇物語と運命の神から科学の重みへの変化──
池田 功
はじめに
(写真をお読みください)
一 初期の美文「あきの愁ひ」
(写真の続きから)
- 10代の啄木は聖書を読み、多くの作品に引用していた。しかし、その世界はあまりにも抽象的で天上的な内容であり、「下界」がきちんと記されていない。
- 満15歳の啄木は、結核を現実の問題ではなく俗世間からかけはなれた絵空事にしか描けなかったのである。ここから出発し結核を「下界」の世界に引き下ろし、個人の病であるとともに社会の、そして国家とも関わる病として作品や文章にしていくのである。以後の章で、その変化をみていきたいと思う。
二 短歌と小説に描かれた結核
- 歌集『一握の砂』に詠まれた結核をみてみよう。
かの村の登記所に来て/肺病みて/間もなく死にし男もありき
- これらの歌(他に例あり -啄木の息-管理者)には、肺病のすべてが男性、もっと言えば青年であるということである。
- 『悲しき玩具』
呼吸(いき)すれば、/胸の中(うち)にて鳴る音あり/凩(こがらし)よりもさびしきその音!
- 従来この「その音」を「当時かなり進行していた肺結核の(中略)ラッセルないし気管支音」と解釈されてきたが、群馬大学保健管理センター長の大島喜八教授により、「何らかの原因で気管・気管支が狭くなった所を空気が通る際に起こ」る「喘鳴」であろうと診断されたことを柳沢有一郎が記しており、結核の歌とは限らなくなっている。
- 短歌以外では、次の二編の小説に結核に病む人物が描かれている。「二筋の血」、「我らの一団と彼」。
- このように、啄木の描く結核の人物は、男性、そのほとんどは青年である。しかし、啄木の時代には、結核の死亡数はむしろ女性の方が多かったのである。
(つづく)