〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

2019年暮れの啄木歌碑 上野駅構内と上野駅前商店街 <2>(おわり)


◎啄木文学散歩・もくじ https://takuboku-no-iki.hatenablog.com/entries/2017/01/02

2019年暮れ

 上野駅構内と上野駅前商店街の啄木歌碑<2>

 

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歌碑の背面

上野駅構内歌碑の背面。


丸い台座のスミに小さい楕円のプレートが薄く写っている。そこには「東京北ロータリークラブ」とある。

 

ロータリークラブが昭和55年に三十周年を迎えたのを契機として建立計画を進めた。「新幹線が上野と東北を物理的に結ぶなら、啄木の歌碑は上野と東北の人々の心をつないでほしい」との願いがこめられている。

(『啄木文学碑紀行』浅沼秀政 著 白ゆり発行)] 

 

 

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啄木

上野


……1910年4月15日付のローマ字日記には、

「雨のあとの人少なき上野!予はただそう思って行った。……どこかへ行きたい!そう思って予は歩いた。高き響きが耳に入った。それは上野ステーションの汽車の汽笛だ……予は広小路の商品館の中を歩いていた。そして馬鹿な!と思いながら、その中の洋食屋へ入って西洋料理を食った。
とある。

 

   ふるさとの訛なつかし
   停車場の人ごみの中に
   そを聴きにゆく

上野駅は啄木の故郷渋民村への下車駅好摩につながる出発点であり、帰るに帰れぬ事情をかかえた啄木の格別の郷愁が窺える。


(『石川啄木事典』 おうふう 項目「上野」)

 

 

 

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上野駅前マップ

赤色で「現在地」とある地点にこの地図の掲示板があり、啄木歌碑もすぐそばにある。

 

 

 

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歌碑 遠景

左の歩道中央に小さく見える石が、啄木歌碑。

その上の壁に小さい四角の赤いユニクロ看板がある。
以前はカバン屋さんだった場所が、現在ユニクロになっている。

 

 

 

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群馬県鬼石の桜石

上野駅前通り商店街の啄木歌碑

 1986年(昭和61年) 建立
 高さ110㎝ 幅90㎝ 御影石

 

 

30年以上経っているこの歌碑。

いつもきれいにホコリが払われていて、台座には顔が映るほど。

商店街の方々に愛されているのがうれしい。

 

 

 

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背面の赤い縞目

 

 

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書 金田一春彦


   ふるさとの訛なつかし
   停車場の人ごみの中に
   そを聴きにゆく


書は金田一京助博士の長男、金田一春彦氏。



 

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「旧上野駅舎」


歌の下に、後藤伸行氏の切り絵「旧上野駅舎」が刻まれている。

 

 

 

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上野駅

歌碑の場所から上野駅を見る。

 

 

 

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アメヤ横町の人ごみ

隣の小路は突然人ごみのアメヤ横町。

 

   ふるさとの訛なつかし
   停車場の人ごみの中に
   そを聴きにゆく

 

都会の雑踏にまぎれて歩いていると、ふとふるさとの言葉を聴きたくなった。停車場の人ごみのなかにふるさとの言葉をもとめにゆく。停車場は、たぶん上野駅である。新橋が東京の表玄関であるなら、上野は、東北の人々が上京するさいに降り立つ駅だ。土臭い人々の温もりのある言葉が聴ける。ふだんは、東京言葉を話していて、ふるさとの言葉は口にしない。ふるさとの言葉が聴きたくなるのは、都市生活者の心の弱りだろうか。

啄木もふだんは東京言葉でとおしていたにちがいない。でも、明治42年の秋、妻節子が家族との軋轢に耐えかねて帰郷したとき、弱りはてた啄木は、金田一京助に、「かかあに逃げられあんした」と、ふるさと言葉で告げている。東北訛りの残る朴訥な話しかたをとおした寺山修司に、「ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし」の一首がある。

(『風呂で読む 啄木』木股知史著 世界思想社

 

 

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暮れの買い物

   ふるさとの訛なつかし
   停車場の人ごみの中に
   そを聴きにゆく

 

この淋しさは何処から湧き出してくるのであろうか。ふらりと家を出る。「浅草の夜」の人ごみの中を流れるように歩いてみる。すれ違ってゆく人、追い越してゆく人、…ふと人ごみの中のそれぞれの人の口の、開閉する表情が気になる。意味不明ーーこの大都会の中で自分だけが唯一人「人間のつかはぬ言葉」を喋っているのではあるまいか。人の流れの只中で、突如「故郷の訛」に渇きを覚える。上野駅へ、「停車場の人ごみの中」へと足が向いてゆく。「ふるさと」、「訛」、「停車場」、フラッシュ状のイメージの中、ひとりの、何だか疲れた足どりの男が、一点に向けて歩いていく。

(『石川啄木歌集 全歌鑑賞』上田博 著 おうふう発行)

 


 

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石川啄木

 

   ふるさとの訛なつかし
   停車場の人ごみの中に
   そを聴きにゆく

 

停車場とは当時、東北本線の始発であった上野駅です。

啄木が故郷を出て三年経った満二十四歳の頃、東京にいて何度も故郷を思い浮かべました。四季の草花や香り、虫の声、夏の蛍狩り、そしてふるさとの人々を思い浮かべ、涙を流しました。啄木はいつかはかならず故郷へ帰り、ふるさとを拠点にして新聞や雑誌を発行し、文学活動をしたいとも願っていました。

(『啄木歌ごよみ』山本玲子 執筆 石川啄木記念館発行)

 

 

(おわり)