『ふるさとの風の中には ―詩人の風景を歩く』
・俵 万智 著 河出書房新社
・1992年発行 1500円
「ふるさとの山に向いて」
ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
この歌は、岩手県で生まれた石川啄木が、東京で作った。ふるさとのなまりがなつかしくて、駅の人ごみのなかにそれを聴きに行く―とすると、その駅は何駅でしょう? そんなクイズができそうだ。
答えは、上野駅。東北へと向かう汽車の出発点であり、東北から来る汽車の終着点である上野には、東北へ帰る人、東北から来た人たちが、たくさんいたことだろう。その人ごみの中にまぎれていると、自分の生まれ育った土地の言葉が聞こえてくる。
お国なまりというのは、東京で小説家になろうと決心していた青年石川啄木にとっては、少し気おくれがすることだったかもしれない。けれど、東京での生活を通して、逆に啄木にはふるさとのよさが見えてきたようだ。
上野駅は、東北新幹線の出発点。啄木のふるさとを訪ねる旅は、ここから始まる。
(盛岡駅、盛岡城跡、渋民駅、石川啄木記念館…、と訪れる)
宝徳寺には啄木の過ごした部屋が、そのままの形で残されている。境内には大きなひばの木。
ふるさとの寺の畔の
ひばの木の
いただきに来て啼きし閑古鳥!
――と、歌われたこれがその「ひばの木」。しばらく見あげていて、そのままぐるりと境内の入口のほうへ顔を向けた。そして「あっ」。入ってくる時には気づかなかったが、お寺の真正面といっていい位置に岩手山が見える。頂上のところが、ぺちゃっと平らになっているのが、なんとも言えずあったかい感じがする。
ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
この歌を口ずさむ時、人々の心の中には、それぞれのふるさとの山が思い描かれていることだろう。