〇「語る 人生の贈りもの」北方謙三:5 [朝日新聞]
作家・北方謙三
- 私はね、ホント女房に頭が上がらないんですよ。
- 《大学卒業後は就職せず、10年にわたり純文学を書き続けた。いわばフリーター生活。それなのに26歳のとき、大学の同窓生と結婚する》
- 卒業後、彼女は高校教師になった。こっちは何年間も原稿が載らなくて、自分は天才じゃないかもしれない、と思い始めたころ。きちんとした職を持った人と一緒になれば楽かもしれないという気持ちが少しはありました。ところが結婚するときには、すっぱり辞めてしまったんです。衝撃でしたねえ。とはいえ文句を言うわけにいかない。腹をくくって働きました。手配師のところに行ってね。
- 女房は子供まで産んじゃった。愕然(がくぜん)としましたねえ。生まれた長女の顔をみて、さすがにプレッシャーを感じました。で、とにかく35歳まではがんばってみようと思った。
- そのころ、中学高校の同窓会に顔を出したんです。「お前、何やってんだ」と聞かれ、「まだ小説書いてる」と答えると、「おまえ偉いな」と、かわいそうな人を見るような目で見られた。ひりひりした気分のまま家に帰ってきて、じっと座っていると、女房が庭で育てたバラを1本、パチンと切って傍らに置いた。思わず啄木を思い出しましたねえ。
〈友がみなわれよりえらく見ゆる日よ/花を買ひ来て妻としたしむ〉
(聞き手・野波健祐)
(2017-04-28 朝日新聞)
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