〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

「不愉快な事件」にも鋭く言及 評伝「石川啄木」


[ホトトギス]


Tipics:『新潮』連載の評伝「石川啄木」完結
 日記が持つ肉声の力 著者・ドナルド・キーン氏に聞く

  • 文芸誌『新潮』に1年半連載された評伝「石川啄木」が、発売中の10月号をもって完結した。筆者のドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授は御年93歳。これまで多くの解釈・鑑賞がなされてきた天才歌人を、日本文学の泰斗(たいと)が90歳を過ぎてなぜ着目したのか。その動機や心境を聞いた。
  • 「60年以上前、米国で英訳されていた日本の詩歌で『一番』と思ったのが啄木でした。京都大にその後留学し、桑原武夫教授に『ローマ字日記』を教えられて読んだら、また驚かされたのです」。日本で古くから独自の発展を遂げた日記文学。啄木は「自分のあらゆること、汚いところも見せて、こういう人間だと書きました。現代ではまず自分自身を書こうとします。その意味で啄木は、まさに最初の“現代人”なのです」
  • 啄木が残した他の日記や手紙、評論などを読み進めたが、26歳で夭折(ようせつ)した若者がなぜ気高い思想と芸術を獲得できたのか、という疑問は解けないままだった。戦後、多くの啄木研究書や伝記が相次いで出た。しかし、キーン氏を納得させるものはなかった。
  • 執筆は連日、深夜まで及んだ。その筆は、啄木の妻節子と義弟・宮崎郁雨(いくう)との間に生じた「不愉快な事件」にも鋭く言及。従来の研究で無視されてきた節子の「不貞」説を支持し、結果的に<啄木の作家としての経歴に終止符が打たれることになった>と踏み込んだ。
  • キーン氏が一つだけ後悔することがあるという。記憶力が自慢で、自身の日記をつけなかったことである。「年を取って忘れることを覚えました」と笑った。【中澤雄大

(2015-10-03 毎日新聞

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