[イヌタデ]
《作品に登場する啄木》
『ふるさとへ廻る六部は』
藤沢周平 新潮文庫 平成20年
◉変貌する村
自動車道
- 村の胃ぶくろは大きくて丈夫で、たいていの変化は時間をかけさえすればゆっくりと消化して自分のものにしてしてしまう。十年ほど前から取沙汰されてきた高速自動車道計画の場合も、そんな経過をたどったようにみえた。
- しかしこの高速自動車道に付属して出てきたバイパス道路の計画は、あまり物に動じない村の人びとをおどろかしたようである。バイパス道路は高速自動車道と交差する形で東西に走る自動車道だが、地上との段差が一米(メートル)しかないので、ここを通って村から鶴岡市に出る道が一本閉鎖されることになったのである。
- その道のそばには本村と少しはなれて数軒の家があり、村の田畑があり、母が畑仕事をしている間に小さな私が遊んでいた庚申塔などもあるはずである。そして道ばたの夏草や小流れ、そのあたりを飛ぶバッタ。
ふるさとの
かの路傍(みちばた)のすて石よ
今年も草に埋(うづ)もれしらん
- 啄木のこの歌を思い出させる村はずれの道は、やがて廃道になる運命をむかえるわけだが、道は鶴岡への通勤道路でもあるので、村では無視できずに寄合いをひらいているという。しかし相談の中身は反対ではなく地下道化などの妥協案さがしになる模様である。
- こういう時代には、村道一本が消滅するぐらいはなにほどのことでもないのかも知れないのである。
(「狩」平成4年5月号〜8月号)
(おわり)
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