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【次代への名言】妻夫(めおと)物語編(13)
- 「うとまれていまだいく日もたたなくに尼ごこちしてわれはさびしき」(与謝野晶子)
- 「東京新詩社並びに与謝野家はただ晶子女史の筆一本で支えられている。そして明星はいま晶子女史のもので、寛(夫の鉄幹(てっかん)の本名)氏はただ余儀なくその編集長に雇われているようなものだ!」
- 辛辣。晶子が後年、「私の親友であつた」と回想した、8歳年下の夭折の詩人、石川啄木が明治41(1908)年につづった日記の一文である。
(2011-01-14 産経ニュース)