〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉19


[カイジ]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉19 望月善次
錦木塚(のろい矢の巻)

「錦木塚」全4回のうち第2「のろひ矢の巻(長の子の歌)」。政子に恋焦がれ、千日通うも果たされず、自ら命を断った「隣の村長の子」からのものである。
 
ああ願(ねが)ひ、あだなりしか、錦木(にしきぎ)をば
早(は)や千束(ちつか)立(た)てつくしぬ。あだなりしか。
朝霜(あさじも)の蓬(よもぎ)が葉(は)に消(き)え行(ゆ)く如(ごと)、
野(の)の水(みず)の茨(うばら)が根(ね)にかくるゝ如(ごと)、
色(いろ)あせし我(わ)が幻(まぼろし)、いつの日(ひ)まで
沈淪(ほろび)わく胸(むね)に住(す)むにたへうべきぞ。


わが息(いき)は早(は)や迫(せま)りぬ。黒波(くろなみ)もて
魂(たま)誘(さそ)ふ大淵(おほふち)こそ、霊(れい)の海(うみ)に
みち通(かよ)ふ常世(とこよ)の死(し)の平和(やすらぎ)なれ。
うらみなく、わづらひなく、今(いま)心(こころ)は
さながらに大天(おほあめ)なる光(ひかり)と透(す)く。
さらば姫(ひめ)、君(きみ)を待(ま)たむ天(あめ)の花路(はなぢ)。
 

〔現代語訳〕
のろひ矢の巻(長の子の歌)

ああ、私の願いは無駄だったのでしょうか。錦木を
(約束通り)もう千本も立ててしまいました。(それは)無駄だったのでしょうか。
朝の霜が降りた蓬の葉に消えて行くように
野の水が、茨の根に隠れるように
色も褪せた私の幻よ。何時の日まで
沈み行く思いが湧く胸(心)に堪えながら、住むことができましょうか。


ああ、私の息(命)はもう(終わりが)迫ってきました。黒い波をもって
魂を誘う深い淵こそ、霊の海へと
道が続く変ることのない〈死の安らぎ〉なのです。
今、心は、恨みもなく、心配もなく
まるで大空の光のように透き通っています。
さようなら、政子姫。あなたを天の花の道で待ちましょう。

(2010-09-16 盛岡タイムス)