〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

石川啄木の歌集「一握の砂」に…

「余禄」 -毎日新聞-

  • 石川啄木の歌集「一握(いちあく)の砂」にこんな作品がある。〈とかくして家を出(い)づれば/日光のあたたかさあり/息ふかく吸ふ〉。悲しく暗いイメージがついて回る啄木だが、日の光を浴びた時に全身で感じた気持ちが伝わってくる。
  • 東京の夜間中学に通う一人の女子生徒が気に入った歌がそれだった。1980年代、教員の見城慶和(けんじょうよしかず)さんが教えた生徒だ。自分に自信が持てない。中学校で不登校になった。彼女は国語が得意だった。啄木の歌を基に「いまの気持ちを書いてみたら」と勧めた。彼女はこう詠んだ。〈あたたかき光を浴びて/かがやける菜の花畑を/渡るそよ風〉。
  • 不登校の時は春が来て桜や菜の花が咲いても楽しくない。それが、春の風を気持ちいいと感じられるようになったのだ。見城先生は「ああ、この子はもう大丈夫なんだ」と思ったという。
  • あの女子生徒は高校に進み、皆勤で卒業した。見城先生に送った手紙にはこうあったという。「もう後ろを振り向かなくても、自分らしく生きていけます」。もうすぐ新学期が始まる。春風の中、息を深く吸う。学校はそんな場所であってほしい。

(2016-03-28 毎日新聞

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