〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

ふるさとの歌 啄木没後百年・4

  • 石川啄木は盛岡中学3年だった1900年夏、修学旅行で三陸を訪れた。明治三陸津波の4年後。一行は水沢、一関を経て高田松原、大船渡、釜石を回っている。
  • 啄木ゆかりの地を巡る三陸観光があったなら。「人気コースになると思ったんですけどね」。大船渡市の佐々木紀子さんは昨年3月「大船渡ガイドの会」のツアーガイドとしてデビューするはずだった。
  • 地元でもあまり知られていないはずと、啄木の80回忌の91年、足跡をたどるツアーを思い立った。昨年、正式なガイドとして活動を始めるにあたって観光ガイドブックをつくった。啄木ゆかりの七つの石碑の写真を撮って回った。最後に大船渡市の吉浜海岸の歌碑を撮ったのは3月5日のこと。その6日後、陸前高田市高田松原と長部漁港公園にあった石碑は大津波にさらわれた。
  • 釧路啄木会長の北畠立朴氏の調査によると、啄木関連の歌碑や記念碑は14都道県の計152基に上る。啄木の歌碑に魅了され、盛岡市の沢尻弘志さんは全国を巡り碑文の拓本を取り続けている。お気に入りは、盛岡市の岩手公園内の〈不来方のお城に寝ころびて/空に吸われし/十五の心〉。啄木の親友、言語学者金田一京助の筆による。3行分かち書きという独特のスタイルで詠んだ啄木。この歌碑は字と字の「空間」や字体のバランスが絶妙だという。「詩情を生かした歌碑。15歳の青春を思い出させてくれるね」

(2012-04-14 朝日新聞>マイタウン>岩手)