〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

啄木の交友録(30)「街もりおか」

[「啄木の交友録」コピーと11月号表紙]


月刊誌「街もりおか」
啄木の交友録【盛岡篇】執筆 森 義真 氏
  2011年11月号(No.527)

30. 富田 砕花
富田 砕花(本名・戒治郎 明治23年 盛岡市仁王小路生まれ)は、明治41年与謝野鉄幹・晶子が主宰する東京新詩社に入り「明星」に短歌を発表、啄木との交友が始まる。啄木日記、明治44年7月3日には「土岐君来る。富田君曰く『握りしめたる拳に卓をたたくものここにあり』十一時まで語る」。慢性腹膜炎で自宅療養していた啄木の病床で、夜遅くまで話し合っていたことが彷彿とされる。
砕花は短歌から出発し詩作に転じ、大正詩壇における民衆詩派の詩人として脚光を浴びた。