〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉17


[トリカブト]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉17 望月善次
錦木塚(にしきぎづか)

恋こがれた女(政子)のもとへと千日も通ったが果たされなかった男(隣の村長の子)についての鹿野地方における伝説に取材した作品。

〔昔(むかし)みちのくの鹿角(かづの)の郡(こおり)に女(おんな)ありけり。よしある家(いえ)の流(なが)れなればか、かかる辺(へ)つ国(くに)はもとより、都(みやこ)にもあるまじき程(ほど)の優(すぐ)れたる姿(すがた)なりけり。日毎(ひごと)に細布(ほそぬの)織(お)る梭(おさ)の音(ね)にもまさりて政子(まさこ)となむ云(い)ふなる其名(そのな)のをちこちに高(たか)かりけり。隣(となり)の村長(むらおさ)の子(こ)がいつしかみそめていといたう恋(こい)しにけるが、女(おんな)はた心(こころ)なかりしにあらねど、よしある家(いえ)なれば父(ちち)なる人(ひと)のいましめ堅(かと)うて、心(こころ)ぐるしうのみ過(すご)してけり。……〕


〔現代語訳〕
錦木塚(にしきぎづか)全4回の1:前文

〔昔、陸奥の鹿野に女性がおりました。由緒ある家筋であることもあり、その辺りの国はもとより、都にもいない程の優れた容姿でありました。毎日織っている(その地方名産の)「細布(ほそぬの、幅の狭い布)」を織る際の「梭(オサ)」の音にも勝って政子という名は、色々なところで高かったのです。隣村の長(おさ)の息子が、いつか見初めて、強く強く恋したのですが、女性の方は、気持ちが無かったわけではなかったのですが、由緒ある家でしたので、父親のガードも堅く、気にかけながら過ごしておりました。……〕

(2010-09-09 盛岡タイムス)