[キュウリグサ]
現代短歌 2018年6月号
啄木は「推敲魔」として有名である。但し、「推敲」の概念を「詩文の字句を何度もねりなおすこと」と狭義に想定するだけなら、啄木独自の推敲意識の究明は困難と思われる。そこでまず、多面に及ぶ啄木独自の「推敲」例を具体的にみてみよう。
〇 集中屈指の叙景歌 実はフィクション?
春の雪
銀座の裏の三階の煉瓦造に
やはらかに降る
『一握の砂』453
この歌は、啄木の勤務した東京朝日新聞社屋の周辺に雪の降る景を情緒豊かに表現したものであり、集中屈指の名歌として定評がある。社屋から眺める荘厳な「煉瓦造」と「やはらかに降る」牡丹雪との対比描写により、まるで眼前に景が浮かんできそうな印象もある。
ところが、この歌の初出は「春の雪滝山町の三階の煉瓦造によこさまに降る」(「東京朝日新聞」明治43.5.16)であり、何と啄木の見た実景は牡丹雪でなく横殴りの雪景色ということになる。
それでは何故、「よこさまに降る」雪は「やはらかに降る」牡丹雪に改変されたのか。実はこの改変に啄木独自の「推敲」の秘密があると思われる。そこで当該歌を『一握の砂』の前後の歌と共に記してみる。
赤煉瓦遠くつづける高塀の/むらさきに見えて/春の日ながし
◎春の雪/銀座の裏の三階の煉瓦造に/やはらかに降る
よごれたる煉瓦の壁に/降りて融け降りては融くる/春の雪かな
上の三首は、初出を異にし、作歌日もすべて異なっているが、『一握の砂』では連続して配列されていることになる。そして、その配列意図は極めて明快である。当該歌の「煉瓦造」の表現は前歌の「赤煉瓦」、後歌の「煉瓦の壁」の景に直接つながり、「やはらかに降る」雪の景表現は、前後の歌に描写される春らしいのどかなイメージに深く結び付いているからである。つまり「よこさまに降る」を「やはらかに降る」に改変することにより、題材的にもイメージ的にも前後の歌群の配列構成は鮮やかに完成していくことになる。稿者は、この啄木独自の配列手法を〈つなぎ歌〉と仮に命名している。
(大室精一 国際啄木学会副会長)
(「現代短歌」 2018年6月号 通巻58号 現代短歌社発行)
(つづく)