啄木 漂流の北海道 東京への思いやまず
- 盛岡市渋民の石川啄木記念館(森義真館長)の企画展「啄木と北海道〜新運命を開拓せん」は来年1月9日まで、同館で開かれている。啄木が最後の東京時代へと向かう前の約1年にわたる北海道時代に光を当て、啄木が成熟するために不可欠だったこの時代の意義を明らかにしている。
- 1907(明治40)年5月、渋民を離れた啄木は函館に着いた。職を得、文学仲間にも恵まれたのもつかの間、同年8月に函館大火が起こり、翌年4月まで札幌や小樽、釧路を転々とすることになる。
- 北海道で啄木は、一時期離れていた短歌を再び詠み始める。加えて新聞記者という職業を身につけ、社会人として奮闘。一方、東京で力を試したいという思いはやまず、迷いと矛盾に満ちていた。
- 同館の佐々木裕貴子学芸員は「自分のやりたいことと、家族を養わなければならない現実との間で格闘する啄木の姿は、わが身に重ねて考えることも可能で、現代に通じるものがある」と強調する。
◎ギャラリートーク
- 11/27(日)、12/25(日)各日とも14:00〜
(2016-11-25 岩手日報)