「啄木 賢治の肖像」
㉖ 時代(下)
大逆事件の真相追究
- 「大逆事件」「幸徳事件」と呼ばれるこの事件は、桂太郎首相が、宮下太吉、管野すがら数人が明治天皇暗殺の計画を立てたことを利用し、全国の社会主義者、無政府主義者らを一掃しようとしたでっち上げだと今日では知られている。しかし、当時は不当な弾圧だと気付いた人はそれほどいなかった。啄木は大逆事件に敏感に反応した。事件の真の要因は国家の「強権」にあるといち早く感じ取り、評論「所謂今度の事」や「時代閉塞の現状」で論じようと試みるが、新聞には掲載されなかった。
- 傍聴禁止、証人尋問なしの一審だけの裁判の末、被告26人中24人が死刑という判決が下された(翌日12人が無期懲役に減刑)。事件経過の記録やコメント付きの新聞記事などを集めた「日本無政府主義者陰謀事件経過及び附帯現象」や、秋水が獄中から弁護士に送った陳弁書に、自らの詳しい解説を加えた「 A LETTER FROM PRISON 」も残した。
- 北海道・函館、札幌、小樽、釧路での新聞社勤務を経て東京朝日新聞の校正係として働き、メディアの最前線で時代を見つめた啄木は真相を探り、記録、批評しようとしていた。その記録は、今でも事件の真相を明らかにしようとする人たちの貴重な資料となっている。6月中旬に高知市で開かれた国際啄木学会セミナーでは「啄木と大逆事件・幸徳秋水」をテーマに議論が交わされた。事件の研究・検証と犠牲者の復権運動は今なお続く。
- 「時代閉塞の現状」はこう結ばれている。「時代に没頭してゐては時代を批評する事が出来ない。私の文学に求むる所は批評である」
- 国際啄木学会の元会長で天理大名誉教授の太田登さんは「その時代に生きる人間の問題意識や生活感覚に真正面から向かい合うことに、啄木という文学者の存在価値があった」と、激動の時代を見つめ続けた詩人に思いを巡らせる。
(筆者 啄木編・阿部友衣子=学芸部)
(2016-06-29 岩手日報)