〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

小学校のとき、石川啄木が大好きだった 永山則夫


[ミモザ]


愛国心でも愛郷心でもない、日本人の教養
  山折哲雄×安西祐一郎

山折

  • その作品(ノンフィクションライターの堀川惠子さんの作品。岩波書店永山則夫 封印された鑑定記録』)を読んで、私は2つのことを知りました。
  • ひとつは、彼が北海道の網走の生まれで、貧困と飢餓からものすごい虐待を受けていたこと。母親に3度捨てられたと言っているくらいです。そういう経験の中であの犯罪を犯したわけです。
  • 一方、彼は知的にはかなりのものを持っていたようです。小説をずっと書き続けて、獄中で書いた『無知の涙』は、世間でも話題になりました。彼の告白の中に、自分は小学校のとき、石川啄木が大好きだったとあります。それからいろんな人生経験を経て、米軍基地からピストルを奪って第1の殺人を行う。その直前まで読んでいたのがドストエフスキーの『罪と罰』です。ラスコーリニコフが自己中心的な人間で高利貸しの老婆を殺す。その場面を読んだ直後に犯罪を犯しているんですね。
  • ところが彼は、その後にラスコーリニコフが娼婦のソーニャと出会って救われる話まで読んでいないわけです。これもやっぱりショックでしたね。あの悲劇の少年がその青春時代の同伴者にしたのが、啄木とドストエフスキーだったわけです。
  • そのことから、戦後の文学研究や文学教育のあり方について反省しました。私は犯罪防止という点から、文学の持っている力はものすごく大きいと思いますが、それを気づかせるのに、精神鑑定書が世に現れるまで20年が経っているわけです。

(2014-03-25 東洋経済新報)