〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

「2011 盛岡大会」<その 9 > パネル・ディスカッション 2/4 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》


[少年啄木像・大通]


<その 9 >
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パネル・ディスカッション
  テーマ「新しき明日、新しき啄木」
コーディネーター=望月 善次 パネリスト=池田 功、西連寺 成子、田口 道昭、森 義真 指定討論者=太田 登、近藤 典彦(書面参加)


◎ 啄木研究の新観点:「検閲」問題が示唆する「新しき明日」〜ジェイ・ルービン(今井素子、木股知史他訳)『風俗壊乱』を踏まえながら〜

《田口 道昭》

ジェイ・ルービン氏は、啄木の論文「時代閉塞の現状」が『天皇制の合法性というタブーを問題にしようとしていた』ことを明らかにしていく。しかし、「時代閉塞の現状」ははたして検閲を考慮しながら天皇制に言及したものだったか。啄木の文章の流れを読んでいくと、啄木が主張するのは、「其『敵』の存在を意識」することであり、「我々自身の時代に対する組織的考察」である、と述べている。「盲目的」突進者たちの「組織的考察」はいまだなされていないからこそ、啄木はそれを呼び掛けるのである。



[発言する田口道昭氏]

ただし、「時代閉塞の現状」に限って言えば「天皇制」が念頭に置かれていたかどうかは、想像の域を出ないということがいえるのではないか。啄木が天皇を元首とする明治国家、大逆罪の容疑者を即時に死刑にした国家の特殊性に気づかなかったわけではない。ただ、それを「時代閉塞の現状」の読み取りの際に過剰に深読みして啄木を祀りあげることは避けるべきだということである。


◎ 啄木研究の「新しき明日」

《太田 登》

啄木研究の「新しき明日」について、私は絶望も悲観もしていない。おおいに若い世代にも期待している。また、高齢化社会を肯定し、70代も80代も啄木を求めていく必要がある。
そのために横のつながりを広げる。日本人という枠組みから飛び出し、インターネットをうまく利用する。台湾の学生は啄木のこともすべてネットを使って調べている。我々はもっとインターネットを使って啄木を海外に発信していくシステムを作らないといけない。


[発言する太田登氏]

新しき明日への展望でいえば、新しさだけが新しいことではない。つまり、古いことを含め、古さや伝統を再評価することが新しさになろうかと思う。
啄木は明治国家の近代主義を一度壊そうとしている。そこに、地方文化も含めて見失った古い物をもう一度見直すことが大事だ。


(パネル・ディスカッションつづく)