〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

「この世界の片隅に (上)」すずの新しい世界


【雨上がり-ドウダンツツジ


この世界の片隅に (上)」

戦争中の広島が舞台。絵を描くことが好きなのんびりやの少女「すず」が主人公。「冬の記憶」「大潮の頃」「波のうさぎ」の短編三部が彼女の思い出として入る。

いや〜、おどろくほどファンタジーであり、怪奇的であり、その後何度も見返すほど重要な導入部となる。


本編は「この世界の片隅に」。すずは軍港・呉に住む周作と結婚する。

すずの子供時代を見ていると、この人なら大きくなっても嫁姑の問題など起こるまいと思った。しかし夫の姉が離婚騒ぎで実家に戻ってきて、いやもう、その大変なこと。
すずは結婚式に来た人たちを絵と文で紹介したハガキを実家に送る。ちびた鉛筆で書く文章や絵を、細部まで見ずにはいられない。
結婚式の夜。「ああ すずさん カサを持って来とるかいの」「はい 新(にい)なのを一本持……」夫と交わす会話は、広島弁と相まってそのセリフが聞こえてきそう。
手をこすり合わせるときの「そすそすそす」の擬音も、自分でやってみてそんな音がすると認識した。

こうの史代さんは、戦争の足音を聞きながらの人の暮らしを穏やかにさらりと描いている。