日記 「本家 啄木の息」より <4>
2003-12-28 師走の風に飛んでいるもの
道に紙が散乱していた。「聖徳太子と飛鳥文化」と大文字タイトルが目に入り、その下に細かい字が続いている。隣の紙には「江戸幕府の滅亡」。少し離れて「ナイル川の氾濫」。
日本史や世界史のノートが大掃除で捨てられ、バラバラと風で飛んだのだろうか。
「花開く天平の文化」・・・夢がありそう。「チグリス・ユーフラテス川流域」・・・オッオーッ、行ってみたい。
2003-12-27 また鍋?
白菜畑の隅に大根がひと畝ある。昨夜来の雪が葉に積もりモミの木のようだった。
クリスマスは終わったけれど「大根ミニモミの木」は枝々にふんわりと綿毛のような雪を乗せ、意外に美しかった。
2003-12-26 今夜は鍋か
ビルの谷間に白菜の畑があった。白菜の首のあたりに一つ一つ藁のバンダナが巻かれていた。バンダナの下はよく太って美味しそうに育っていた。
2003-12-23 弾むクリスマス・イブ×2
キルティングの真っ白ブーツを履いた足。ふわふわウサギの毛が靴の上部にくるっと巻いてある。弾むように歩く足取り、楽しそうなクリスマス・イブ×2。
その人の手元まで目がいったら、白杖を持っていた。
わたしもあんな靴を履いてみたい。ブーツもその人も光っていた。
2003-12-22 器用なのは認める
中学生が自転車に乗ってやってきた。だんだん近づいてくると何か口に運んでいるのが見えた。カップ焼きそばだ。片手はハンドル、別の片手に焼きそば、しかも、箸まで持っている。その器用さに感心はしたけれど・・・アブナイョ!
2003-12-19 シクラメン
♪♪花屋の店先に並んだ・・・♪ たくさんのシクラメン。その中で特にフリンジのついた花が、通りかかるわたしに「おいでおいで」をしている。きっとあの内のダレかが我が家へくることになるだろう。
2003-12-15 師走のアサガオ・そこで一句
いつもこの日記を読んでくださる方から、‘12月10日のアサガオ’によせて句を送っていただいた。
アサガオのもの言いたげな返り花
日溜りにそそと菖蒲の返り花
2003-12-14 見よ、今日も、かの蒼空に 飛行機の高く飛べるを。
今日は、1702年(元禄15) 赤穂浪士討ち入りの日。
そして、1910年(明治43)の今日は、日野熊蔵大尉が代々木練兵場で高度10mを60m 飛び、日本初の飛行に成功。しかし正式な記録にはならなかった。5日後の19日に徳川大尉が高度70mを3000m 飛んで初の試験飛行が成功した。
これらのニュースを耳にして、石川啄木は蒼空へ突き抜けるような詩を書いた。
飛行機
1911,6,27. TOKYO.
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたった二人の家にゐて、
ひとりせっせとリイダアの独学をする眼の疲れ…
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
2003-12-13 地下の国を見た
マンホールの蓋を開けて工事をしていた。
覗くと、わたしの足の下に巨大な空間があった。交通整理の人にお辞儀しながら(するふりをして?)不思議な配管の絡まりを見た。外と同じくらいの明るさの照明がついていて、考えたよりもずっと広い「地下の国」が見渡せた。
2003-12-10 師走のアサガオ
よく通る道に、垣根いっぱいのアサガオがある。暑い頃には溢れるほど花が咲いた。秋になっても咲き続けた。
そして、今日も濃紺の小さな小さな花が三つ。日中よく晴れたが、さすがに師走の太陽はアサガオをしぼませることはできない。夕方の薄闇の中でまだ咲いていた。
2003-12-07 夢の中の「3K」
『眠っている間に考えた』(こんな本あったっけ?)という題名の本を、夢の中でひたすら読んだ。
目が覚めたら「3K・3K」とつぶやいていた。
その3Kとは“気軽・気長・気まま”だった。
2003-11-30 雨の神の息子
イチョウの黄色が浮き出る上野の森、「大英博物館至宝展」で見たもの。
ジャマイカ、雨の神の息子「ボイナエルの像」は目からサンサンと涙を流していた。「雨は涙なのだ」と、いたずらっ子のような像を見ながら思った。
2003-11-27 寒さに向かう時期、お身体大切に
(身なりで人を判断しては間違うかもしれないが・・)たぶんホームレスの人が、わたしのすぐ前でスーパーのレジを通った。買物はカイロだった。
2003-11-23 便利な部屋だったのに
友だちが去年まで住んでいたアパートは、どの部屋も床がボコボコしていて歩くのに技術が必要だった。建て付けも悪く、閉まっているはずの襖の縁から隣の部屋が覗けた。
便利なこともある。二階の人に用事があるときは長い棒で天井の決まった場所を『トントントン』と突っつく。すると「オウ!」と返事があり、それから上と下で大声を張り上げて会話した。
そんな部屋によく遊びに行っては、美味しいお茶を飲んだり音楽を聴いたりした。
残念なことに友だちは、その“便利な部屋”から“普通の部屋”に引っ越してしまった。
2003-11-19 頭と体が一致した状態に・GODZILLA 語る
今は来年のことしか考えていません。
毎年そうなんだけど、まずは意識。形よりも、すべてにより良いパフォーマンスを出すために意識を変えることから始めます。それから体との兼ね合いで、徐々にいいものを探しながらやっていく感じです。
「これだけ準備してきた。結果が楽しみ」という気で来年2月、キャンプ地のフロリダ州タンパに立たなくてはいけません。自分の頭と体が一致した状態でなかったら、楽しみも不安になる。
2003-11-17 やりたいことを見つける方法
やりたいことが見つからないとき簡単に見つける方法。
「やりたくないことを次々、やめていく。そして残ったのがやりたいこと」
こんな話を聞いた。『そんな簡単にいくか!』と思った。でも、いつか試してみるかな。
2003-11-12 タダモノではない
明るく紅葉したツタが、壁一面に絡まっている喫茶店。ドアを開けると、年配の女性が「いらっしゃいませ」といった後に「オーイ!」と誰かを呼んでいる。
店内には、小さいテーブルが二つ三つ、古いソファが一つ、それにいくつかのカウンター席。単なる装飾ではないようなピアノ。楓と赤い木の実を大量に投げ入れた花瓶。流れるジャズ。
“オーイ”さんの姿は見えないがカウンター端にあるサイフォンのフラスコに水が入り、ロートへと沸き上がっていく。
入ったときから「タダモノではない店」と感じていたが、AYNSLEYのカップを運んできた主に、イチバン趣があった! そして、淹れたてのコーヒーのおいしいこと!
2003-11-01 ナゼ?
紅葉を拾うときは、虫に食われていない葉、隅々まできれいに色づいている葉を探す。
押し葉にして並べ、人に送ろうかというときは、ちょっと欠けていたり虫食い穴のある葉の風情に惹かれる。何故かこっちの方が本当の秋らしく思えるから。
2003-10-29 ダレ?
雨戸を開けたら、庭の隅に毛の生えた動物のお尻が見えた。『タヌキ? キツネ? ネコ?・・』( しりとりか!)しばらくして、振り返った顔はネコだった。
2003-10-25 なかよく散歩(?)
あまり人の通らない道を歩いていたら、年配の女性とすれ違った。それからしばらくすると、やはり年配の男性がやってきて、突然わたしに話しかけてきた。
「うちのバアさんと遇いましたか?」
「エッ? アッ! あぁ、 遇いました」
「一緒に歩き出したのに、こういう風に置いて行かれるんだから、マッタク~」
でも楽しそうな2人だった。
2003-10-22 火の神ペレに捧げる
フラダンスを習っている友人から手紙がきた。
「フラの原点は神に捧げるダンスとのことで、精神統一から入り、神に感謝で終わります」
ハーッ、そうなんだ。
2003-10-19 聞こえてきた音色は
紅葉を見に出かけた。歩いているとどこからか静かなメロディ。そのまま風景に溶け込みそうな音色は、オカリナだった。「大きな古時計」「もみじ」「ふるさと」と続いた。目だけではなく心までも潤うようだった。
2003-10-15 啄木のカンニングが「トリビアの泉」に・・
今夜のテレビで「石川啄木は、カンニングがばれて高校を中退した」というトリビア〔無駄知識〕が紹介された。
国際啄木学会の近藤典彦会長の「啄木は、友人の狐崎嘉助に答案を書いてもらった。啄木がその答案を受け取るとき、狐崎がまごついたため先生にカンニングがばれた」という話も取材。
「“はたらけど はたらけど・・ ぢっと手を見る”啄木は、学生時代じっと他人の答案を見ていた」とは、プレゼンター八嶋智人さんの言葉。「68へぇ~」を獲得した。
2003-10-14 店員の心遣い
レジでお金を払おうとしたら、硬貨が落ちて転がってしまった。追いかけて靴底で止めたつもりが見つからない。そこで、改めて全額をトレイに置いた。
すると、店の人は「後で見つけますから・・」と言って落とした分を返してくれた。
2003-10-12 山道を登りながら、こう考えた
直登すれば速いが疲れる。回れば時間はかかるが楽。ほんの10メートル、いや、3~4歩のルートでもそういえる。漱石ではないが山道は考えさせられる。
灯りをつけたようなヤマモミジ、ナナカマド、ドウダンツツジ、ウルシ・・・。この山、365日間で『最も美しい紅葉3日間』に完璧に入る日だった。「ワーッ!」「凄い!」歓声が谷にこだましていた。
2003-10-09 金木犀を吟ずれば
「車椅子の轍(わだち)残れり金木犀」
横浜に住む方が、昨日の日記を見てこんなステキな句を作ってくださった。
2003-10-08 金木犀の雨
オレンジ色した金木犀の花びらが、小雨のように降る小路を歩いた。振り返ると遠くからテン・テン・テン・テンとわたしの靴跡がつながっていた。
後ろから車椅子の人と、それを押す人がやってきた。
そこには、淡いレールがうまれた。
2003-10-07 めぐる季節
夏野菜の皮が固くなった。山盛りにして毎日食べていたけれど、このごろは味にも勢いがなくなって淋しい。
2003-10-05 手前に止めるより
電車の最前部に乗っていた。降車駅に止まったらドアの外にはホームが無い。「停車位置を変更します」のアナウンスがありズルズルとバック。
降りたら駅員同士の会話が聞こえてきた。
「手前に止めるより、前に出るくらい元気じゃないとね。オレたちも見習い中はそう言われたよ」
2003-10-03 人混みの中で
「これさァ、ウチのカアちゃんがオヤジのために買ってきたんだ。それをオレがパクッた」声の主は女子中学生。
オヤジにもムスメにも使えるもの・・・? んーっ、何だろう。
2003-10-01 神無月の風に
「ヨウシュヤマぶどう」と言ってしまいそうな「ヨウシュヤマゴボウ」の群生を見た。梅の花びらのようなガク5枚に囲まれ、カボチャ形の実(?)が緑色にふくらんでいた。
そして、忘れちゃいけないキンモクセイの香り。
2003-09-29 流石(SASが)だ真夏ツアー!あつっ!生。だが、SAS!
桑田佳祐さんがステージから「みんな、ありがとね!」というとき、『ありがとうはこちらのセリフでしょ』と思っていた。でも、桑田さんは本気で「ありがとう」をいっているのだ。
人に喜びを与えるとは、我が身を削ること。そして、削ったより多くの新しい力を、人からもらうこと。
2003-09-27 自分を美しくする方法
野の花を花瓶やグラスに活ける。といっても、投げ入れだが・・。
花たちはしばらくすると、生けたときよりずっとバランスよく収まりなおす。(ただ光の方向に動いただけかもしれないが・・)花は自分を美しく見せる方法を知っている。
2003-09-24 小さなレストラン
前日に予約をしてから行った食事。落ち着いた建物を見ながらレストランの入り口に向かったら、ドアが内側から開いて「ご予約のお客様ですか?」と声をかけられた。
パンの敷き紙に薄ピンクの Financial Times を使っていたのもオシャレな感じ。料理も雰囲気もよかったが、何よりの心くばりはオーナー夫人(?)のお出迎えだった。
2003-09-21 悲しいヒガンバナ咲く
季節違わず彼岸花が咲いた。はなびらの濃い赤が映え、おしべが長く強く反り返っている。
毎年、この花を見ると悲しい話を思い出す。
彼岸花には、毒が有るといわれ誰も手をつけなかったが、飢饉の最後の非常食として食べた。毒部分の球根を磨り潰して、水に良く晒せば、残った澱粉は食べる事が出来るのだそうだ。食べなくても死ぬ、食べても死ぬかもしれぬ、ギリギリの選択だったのだろう。
岩手県では、天明の飢饉で人口の半分以上が亡くなったが、そのとき彼岸花を持っていた村は残ったという。
2003-09-17 ワルシャワから
ポーランドを旅している人から便りが届いた。
「こちらに着いたらあまりに寒く、コートとセーターを買ってしまいました。こんなの初めて・・・。でも今日は真夏日、半袖で十分です。」
2003-09-12 十五夜
朝まだき、名月の名残が西の空にあり、近くには火星。東は日の出の準備 O.K.
北に行くほど月と火星は近くなって、シベリア地方では月の裏に火星が隠れて「火星食」が起きたそうだ。
2003-09-09 「啄木の息」3周年 皆さまに感謝
ちょうど本日、アクセスカウント 50.000 を超えた。
地味なページを訪れてくださる方に心底感謝。明日からも一歩一歩、楽しく進めていくつもり。
お誕生日を祝ってかわいいケーキを食べた。
Happy birthday dear,TAKUBOKU-no-IKI
Happy birthday to you!
2003-09-07 もうじき誕生日
あさっては「啄木の息」の生まれた日。
アップアップの連続だったけど、やっと3歳になれそう。
・・・こっそりお祝いをしようかな。
2003-09-04 未確認飛行物体??
夕立の後の暗い雲の下に薄白い雲があった。二種類の雲の間に細い通り道がうねうねと続いていた。そこに突然ボーっと光る楕円形の光のかたまりが出現した。そして、細い道をふわふわと上下動しながら南から東へと移動した。
たぶんサーチライトのような強い光が、低い雲の底に映っただけなのだろうが・・『Qッ、Zッ、Xーッ!』と声にならない声を出してしまった。
2003-09-02 終日、啄木鳥、巡りて警告夏樹の髄に刻む
啄木が聞いたキツツキのドラムを、100年後の出先で聞いた。
見回すと明るいススキに囲まれた幹に、嘴を強く叩き続ける啄木鳥を見つけた。 アオゲラのオスだった。
2003-09-01 スタメンを外れて・GODZILLA 語る
メジャー挑戦を決めて、最初に考えたことが「キチッと使ってもらえる選手になろう」ということでした。ホームランの数でもなく、打率でもない。常時試合に出て、チームの勝利に貢献できる選手であること。それが監督の使いたい選手だと思います。だから、この記録をここまで伸ばしてきたことには、自分なりに誇りを感じていることでした。
最終的に2試合とも途中から出場して、記録は継続されました。トーリ監督の配慮には、本当に感謝しています。
2003-08-29 大きく赤い火星を望遠鏡でのぞく
極冠が白くキッパリと見えた。息を止めてシャッターを切る。短く張り詰めた時間。ホーッと息を吐くと街の喧噪が聞こえた。
2003-08-28 ドラマ「Dr.コトー」の吉岡さん
撮影中のハプニング
主演の吉岡秀隆さんが自転車で走っているところを空撮で横から撮ろうとした。でも、ヘリコプターが近づきすぎ、吉岡さんは自転車ごと飛んでしまったそうだ。
目尻を下げたあの情けなさそうな笑顔で起き上がったのかな。ケガが無いようで ホッ。
2003-08-22 大接近の火星を見た
やっと雲の切れた空にオレンジ色の火星が見えた。逆三角形の山羊座を従え、水瓶座の中に泳いでいた。
あと5日ほどで最大になる。この次は望遠鏡で見よう。
2003-08-21 夏なしの秋の訪れ
赤とんぼがしきりに飛んで、夕方からは虫の声。
2003-08-19 この花の名は?
生け垣に沿ってピンクの花が咲いていた。土からまっすぐ太い茎が伸び、葉が無い。頂点に彼岸花によく似た簪のような花びら。
なんて名前かなと思っていたらちょうど新聞に紹介されていた。「ナツズイセン」で、彼岸花と同属だった。
2003-08-17 香りが好き
乗ったばかりの新幹線の車内放送で「有機栽培コーヒーを200円にてサービスしております」と流れた。さっそくワゴンが通ったときに頼む。小さいカップだからデミタスのようだけど、美味しかった。
民族大移動もかなり緩和されてきたが、やっぱり東京駅はごったがえしていた。
2003-08-16 日本の夏はいかがですか?・GODZILLA 語る
今年は異常気象が続いているので、体調には十分に気をつけてください!
ボルチモアは湿気が多い。他の選手は結構、この暑さに参っているようでしたが、僕は何だか日本の夏を思い出してしまいました。ナインからは「何でお前は汗をかかないんだ?」と不思議がられましたけど、広島の夕方の暑さなんかに比べれば…。
2003-08-14 サムサノナツハオロオロアルキ
お盆というのにこんなに寒くてどうしよう。ヨーロッパは記録的な猛暑、インドは熱波、日本は低温・冷夏。
2003-08-10 花火はバケガク
飛行機から花火を見たことがある。空から見下ろしても丸かった。音のしない花火はなんだかさみしそうだった。
開いた花の直径が500メートルを超える花火は、高度500メートルのあたりで開き、直径300メートルの花火は高度300メートルで開くそうだ。花火は化学だネ。
2003-08-08 風雨激し
台風10号、日本列島縦断中。浴槽に水を溜める。
2003-08-05 ハチャメチャ泳ぎだったかな?
ビート板を使って泳いでいたら「何の泳ぎですか?」と聞かれた。
“ワーッ! どうしよう。訳のわからない泳法をしていたんだ”と恥じ入りながら「自分では、バタフライのキックをやっていたつもりなんですが・・・」と答えた。
「それってオリンピックでやっていたでしょう。テレビで見たわ」と、その人は言った。単に泳ぎの名前を知らなかっただけらしい。(と、思いたい)
2003-08-02 ショッピングモールで目撃したこと
人垣ができていた。始めは単に「品物を売っているだけだ」と思ったら違う。
セールスマンは常にその場にいる人の数を確認している。そして絶え間なくしゃべり、動作を指示する。
「さっき渡した袋を上げて」「チラシを手に持って振って」「○○の人は手を挙げて」「今からいう言葉を繰り返して」
わたしは少し離れた店で買い物をしながら見ていた。人々は驚くほど素直に袋を上げたり、チラシを振ったり、言葉を復唱したりしている。その合間に何回も小さな物を袋の中に配る。「ちょうだい」と声に出していう人にはいくつも渡す。
そこまででわたしの見学は終わりにした。催眠商法の一種だったと思う。
これから皆さんは、魔法にかかったように買い物をするのかな。アナ、オソロシヤ。
2003-08-01 三日月のかけら
出来損ないのクロワッサンのような月が落ちてきた
----という夢を見た。かけらを手に取ると、氷と霙で出来ていた。ふ~ん、そうかあ。月はこんなものでできていたんだ。
2003-07-29 一夜明けたら社長になっていた
----という夢を見た。
「ウッソー!」自分が社長だとは、全く信じられない。しかし、周りの人々はわたしの見たこともない書類について許可を求めてくる。
・・・そんなこともあんなことも含め、社長の椅子は心地よかったゾ。
2003-07-26 「おもさげながんす」=「申し訳ないです」
Sさんより
「申し訳ないです」が訛ったものです。
・発音は「げ」も「が」も、鼻に抜ける発音ではなく、喉に残る硬い方の発音になります。
・「もさげ」が「申し訳」に相当します。「おもさげ」の「お」はこれを丁寧に言ったものです。
・「ながんす」(「無がんす」)は「ないです」(「無いです」)に相当します。
「がんす」は「ございます」という丁寧言葉が訛ったもので、盛岡弁では頻繁に使われます(もちろん最近の若者モリオカンは使いませんが)。「ございます」→「ござんす」→「ごぁんす」→「がんす」という流れでしょうか。
したがって「おもさげながんす」は感謝するとき、謝るとき、両方に使われます。より近しい間柄だと「もさげね」と「お」も「がんす」も取り除いて使われます。
今は盛岡の街を歩いていてもなかなか聞かれない言葉になりましたが、市内南端にある「神子田(みこだ)の朝市」に行きますと、売り買いの言葉の中に3分に1回は聞こえてくると思います。
ボソっと「おもさげながんす」と言うときもありますが、ほんとうに感謝する感情がからまったときは「おもさげながんす~~」と語尾がなんとも表現できない感じで上がっていきます。ネイティブモリオカンでなければ発声不能かな。
「おもさげながんす、おゆるしえってくだんせ」これは浅田次郎作「壬生義士伝」で主人公・吉村貫一郎の台詞です。今年の映画化では、中井貴一が「おもさげながんす~~」という語尾の上げ方まで見事に再現していて感心しました。「壬生義士伝」ファンの間では流行語になったようです。
●とてもよく解りました。Sさん、詳しいご説明ありがとうございました。
2003-07-24 「帰れずとも帰るべき町 盛岡」
浅田次郎さん
・・・ 都会育ちのわたしは、啄木や賢治を愛することができなかった。いわれなき理由ではあるけれども、その土臭さが性に合わなかったのである。しかしこの小説(「壬生義士伝」)を書きおえたあと、「ふるさのと山はありがたきかな」の一行に心打たれて、おのれの愚かしさを悟った。
ふるさとはありがたい。帰れずとも帰るべきところがあるだけで、人は苦難に耐えることができる。
・・・ よしんば力尽き斃れても「おもさげながんす、おゆるしえってくだんせ」と詫びることのできるふるさとはありがたい。
盛岡は美しく、ありがたい町である。
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●どなたか「おもさげながんす」の意味を、教えてくださったら嬉しいのですが。
2003-07-23 そういえば時刻表を買わなくなった
知り合いからの電話。
「二、三日前にネットで、新幹線の時刻を調べて駅に行ったの。そしたらその日から時刻表が変わっていたから乗り遅れてしまった」
2003-07-22 目覚ましは「デデッポッポー」
どこかで低く誰かがしゃべってる。
『どこ?』『だれ?』
だんだん目覚めてきたらドバトのモーニングコールだった。
「デデッポッポー デデッポッポー」
2003-07-20 ‘うつつ’で 会ったら・・
友だちは、夢とよく似た貝殻の内側のような淡い色を身につけていた。『夢の話をしようかな・・・』と思ったが、他のことで盛り上がり、とうとう話さずに別れた。
2003-07-17 ママもパパもた~いへん
新幹線で小さい子ども三人を連れたご夫婦の近くに座った。ママは少し大きい二人の子のトイレやお菓子やお弁当に大奮闘。赤ちゃんを抱いたパパのほうは、座席に座ると同時に眠りこんでいた。
2003-07-14 夢で会っちゃった
近々、会う約束をしている友だちの夢を見た。淡い色の服を着ていた。長い時間しっかりと話をした。
さて、‘うつつ’はどうなるか。
2003-07-11 梅雨のメール
Eメール用のグリーティングカードを探していたら、ステキなのを見つけた。「雨宿りをしている4人(4匹?)を俯瞰。カラフルな傘がやってきて一人ずついなくなる。最後に残された一人、幼い目がキッと見上げる。そして・・・」
あんまり可愛いので自分にも送った。
2003-07-08 ジンクスは きりがない・GODZILLA 語る
ブロンクスにある球場へは自分で車を運転して向かいます。道筋は毎日決まっています。打てなかったから通る道を変えることはしません。そういうことをやりだすときりがないからです。
掃除、洗濯も自分でやっています。自宅にいて一番リラックスできる瞬間は、ベッドに入る時です。だいたい午前3時ごろでしょうか。
2003-07-05 はつなつのかぜとなりたや
ゴッホを辿っていたら「わだばゴッホになる」といった棟方志功に行き当たり、棟方志功を版画の道へと動かした、川上澄生「初夏の風」に着いた。
そういえば先日の新聞に「棟方志功が1923年(大正12)に『貉(むじな)の巣の会』を結成して、石川啄木の歌集も題材にして勉強した」とあった。
人と人のつながりは興味津々。
「初夏の風」川上澄生
かぜとなりたや
はつなつのかぜとなりたや
かのひとのまへにはだかり
かのひとのうしろよりふく
はつなつの はつなつの
かぜとなりたや
2003-07-03 「アルデンテ」も なんのその
麺をゆでるときの苦労が一気に解消するカ~ンタンな方法を「伊東家の食卓」で知った。
・いつものようにゆで始め、1分間だけよく混ぜる。
・すぐ火を止めフタをして終了。あとは麺の袋に書いてあるゆで時間を待つだけ。
本当に便利! 今まで使ってきた燃料と手間は何だったのじゃー。