啄木の息

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

「日記をのぞく」-啄木日記-1~4 日経新聞連載

【しだれ桜】


日記をのぞく
 石川啄木「啄木日記」1~4

2007-03-04

1 文学に生きる苦悩にじむ

  • 「朝。故山は今揺落の秋あはたゞしう枯葉の音に埋もれつゝあり。霜凋の野草を踏み泝瀝の風に咽んで九時故家の閾を出づ。」(1902年〔明治35〕10月30日)
  • その文学の原点でもある盛岡・渋民時代の啄木について、国際啄木学会会長の近藤典彦氏はこう評する。

「天才にあこがれ、自らも天才と信じ始めたとき。何度かの上京で、文学の世界の大変さを身をもって知らされながらも、自らの才能への自信をますます深めていくことが日記にも深く刻まれている」


(2007-03-11)

2 記者生活も心は晴れず

  • 「偉いなるかな海! 世界開発の初めより、絶間なき万畳の波浪をあげる海原よ、抑々奈何の思ひをか天に向つて訴へむとすらむ」(1907年〔明治40〕5月5日)
  • 故郷渋民を離れた啄木は、北の大地を前に高鳴る胸の内をこう記した。
  • 「釧路へ来てここ*1に四十日。新聞の為には随分尽して居るものの、本を手にした事は一度もない。」(1908年〔明治41〕2月29日)
  • 記者として活躍をしながらも啄木の心は晴れなかった。


(2007-03-18)

3 鴎外主宰の歌会に感激

  • 「三時新橋に着く。俥といふ俥は皆幌をかけて客を待つて居た。永く地方に退いて居た者が久振りで此大都の呑吐口に来て、誰しも感ずる様な一種の不安が、直ちに予の心を襲うた。」(1908年〔明治41〕4月28日)
  • 北海道を離れ、無事東京に着くと与謝野鉄幹、晶子の新詩社を訪ねた啄木。住む家のない彼に落ち着きの場を世話してくれたのは、東京・本郷に住む金田一京助だった。


(2007-03-25)

4 赤裸々な自我、ローマ字で

  • APRIL.TOKYO.7TH, WEDNESDAY.

 Hareta Sora ni susamajii Oto wo tatete, hagesii Nisi-kaze ga huki areta. (1909年〔明治42〕4月7日)

2007-03-04〜 日本経済新聞 SUNDAY NIKKEI α)

*1:ここ:玄を二つ並べた文字