[アジサイ]
「啄木 賢治の肖像」
㉗ 宗教
仏教的な影響色濃く
- キーワードになるのが「一握の砂」だと、国際啄木学会評議員で桜出版編集主幹の山田武秋さんは指摘する。「一握の砂」は、代表作である第1歌集の題名であるが、他に随筆や小説断片でも使っている。
- 山田さんは「一握の砂」という題名は曹洞宗開祖道元の書いた「典座教訓(てんぞきょうくん)」の中の「沙(すな)を握りて寶(たから)と為す」が由来だとする。「『砂を握って宝にする』というのは」『立派なものより心が大事』という意味。啄木は、この言葉に着想を得て『一握の砂』を創作した。一生懸命やったことは必ず報われるという祈りを込めて、つらく苦しい時、転機となる時に、自分自身を鼓舞する言葉として使った」と強調する。「啄木に根付いた仏教的感性は、本人が自覚する以上に深い。宗教、特に仏教との関わりを無視しては、作品を真に理解することはできない」と、研究の重要性を説く。
- 啄木に影響を与えた宗教は、仏教に限らない。1905(明治38)年に刊行された第1詩集「あこがれ」とキリスト教との関連も指摘されている。近代文学研究者の上田哲さん(故人)は「啄木がキリスト教に接近した時期を「盛岡遊学中のかなり早い時期」とする。「キリストの教えは、啄木の社会主義思想胚胎に大きな一つの要素となったと考えられる」と、思想への影響を挙げている。
☆曹洞宗一文から着想 作品に見る啄木
大といふ字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来れり
「一握の砂」の「我を愛する歌」より。
- 砂に書いた文字は、なぜ「大」だったのだろうか。
- 山田さんはここにも曹洞宗の影響をみる。「典座教訓」は「大の字を書すべし、大の字を知るべし、大の字を學すべし」と説いている。「この一文にヒントを得て、『大といふ…』の作品ができた。死ぬことをやめるほどの重要な行いとして、典座教訓で説く『大心』の『大』という字でなくてはならなかった」と、その必然性を示す。
- この歌で締めくくられる「砂山一連」巻頭10首は、「一握の砂」の主題とも言える。その中の「いのちなき砂のかなしさよ/さらさらと/握れば指のあひだより落つ」「しつとりと/なみだを吸へる砂の玉/なみだは重きものにしあるかな」も、道元の精神がもとになっているという。「単に感傷的な歌ではなく、人間の絶望と絶体絶命のピンチから立ち直る、仏教的な深い魂の救済をうたっている」と鑑賞する。
(筆者 啄木編・阿部友衣子=学芸部)
(2016-07-06 岩手日報)