〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

「啄木 賢治の肖像」岩手日報(⑲ お金)


[ヤマツツジ]


「啄木 賢治の肖像」

 ⑲ お金
  多額借金 メモに詳細

  • 「嘘つき、甘ちゃん、借金王、生活破綻者、・・・泣き虫、生意気、ほとんど詐欺師、・・。石川啄木という人物は、じつにさまざまな不名誉きわまりない異名の持主です」。作家・劇作家の故井上ひさしさんは啄木について、エッセーでこう表現している。
  • 国際啄木学会名誉会員で元会長の近藤典彦さんは「啄木は父一禎から、金を持つと後先構わずに使うといった金銭感覚をはじめ、生業(会社勤め)の軽視、家族扶養義務の軽視、人間観、責任と直視の回避、といった影響を受けた」とみる。借金を正当化するために「自分こそは子どものように清らかな心を失わずに生きていく、という『小児の心』に、『天才主義』を取り込み、多額の借金や踏み倒しを実行した」。その結果、啄木は「金にだらしのない男」と称されることとなる。
  • 一方で近藤さんは「全借金を返済することも、真面目に考えていた」と、啄木が残したいわゆる「借金メモ」の存在を挙げる。63人分、総額1372円50銭にも上る詳細なメモには1904(明治37)年から1909年までの記録が残されている。
  • 金を貸していた親友の金田一京助は「啄木は、払える機会が来たら払おうとしたから、一々これを書き並べているのだと、私には、この一枚の借金表に泣けたのである」と感心している。
  • 冒頭のエッセーで井上さんは、晩年の啄木のすごさをこう記す。「どんな時代の人間も、人間であるかぎり、必ずぶつかるにちがいない実人生の苦しみのかずかずを、すべてはっきりと云い当てて列挙して行ってくれた人」


☆生活の不安 恐怖心に 作品に見る啄木
   わが抱く思想はすべて
   金なきに因するごとし
   秋の風吹く

  • 「一握の砂」に収められているこの歌が書かれたのは1910(明治43)年9月9日のこと。近藤さんはこの歌を「私が抱く日本の社会制度、経済制度、政治制度などに関するもろもろの見解は、すべて金のないことに原因するようだ。秋の風が吹いている」と解釈する。
  • 日記を読むと、この年12月には東京朝日新聞の賞与や稿料などで収入が165円65銭あった。啄木は一家5人の生活費だけではなく家族の病院や薬代、10月に生まれ24日後に亡くなった長男の出産や葬式代、滞納していた下宿代返済といった、収入を上回る支出があった。
  • この頃に宮崎郁雨に宛てた手紙には「生活の不安は僕には既に恐怖になった。若しかうしてゐて老人でも不意に死んだらどうして葬式を出そう、そんな事を考へて眠られない事すらある」と、金がないことからくる恐怖心を明かしている。

(筆者 啄木編・阿部友衣子=学芸部)
(2016-05-11 岩手日報
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