【検証!千葉の伝説・噂】
(4)戦前、館山の観光地に眠る英国人女性とは?
- 千葉県館山市の観光名所の一角に、房州(安房地域)のために戦前、生涯をささげた英国人女性の眠る墓がある−。そんな噂を聞き、同市の城山公園を訪れた。
- ここは「城山キリスト者墓地」。一番奥に背の高い墓があり、日本語で「ミセス・サラ・エレン・コルバン 昭和15年永眠」と刻まれている。房州の人々に“コルバン夫人”と親しまれたこの女性の生涯を追ってみよう。
- コルバン夫人が館山の地を初めて訪れたのは、明治38(1905)年ごろのこと。北海道・函館での宣教活動中に病に倒れた夫のコルバン医師の療養のため、温暖な土地を求めてのことだった。
- 館山に来た当初は、夫の体調が良くなれば函館に戻るつもりだったという。しかし病状は好転せず、さらに函館市街を襲った大火災で病院は再建困難に。2人は同会の宣教師を引退し一旦は日本を離れたが、母国の気候が夫の療養に適さないことが判明。夫人は“自給宣教師”として活動することを決意し、同45年、再び館山へ戻ってきた。
- コルバン夫人は78歳で息を引き取り、夫の眠る城山キリスト者墓地に葬られた。(杉侑里香)
(2014-05-04 産経新聞)
コルバン夫妻と啄木
(啄木の妻節子は)啄木の死後、啄木の令妹光子さんを通じて教会のコルバン夫人と更に土岐善麿氏との厚意で、身重の病躯を房州北條の地で養ふことになった。(吉田孤羊「啄木を繞る人々」)啄木の息-文学散歩--館山市