〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

「泣き虫なまいき石川啄木」 苦悩の二重唱


[カシ]


シス・カンパニー「泣き虫なまいき石川啄木」 作者井上ひさしとの苦悩の二重唱

  • SMAP稲垣吾郎が主演するのが話題だが、それはさて、作者の井上ひさしが作品にことよせた深い祈りがなにより見どころとなる舞台だ。平田満が主演した1986年の初演は今思いかえしても重苦しいものだった。常のような挿入歌も音楽もなく、沈みこむ極貧の石川啄木の苦悩ばかりが大写しになる。数ある評伝劇のなかでも、これほど沈鬱な作は珍しいが、それもそのはず、これは作者の実人生の苦悩を濃厚に映す作だからだ。私小説ならぬ私戯曲なのである。
  • 井上ひさしは1983年、自作を上演する拠点として「こまつ座」という集団を旗揚げした。座長として切り盛りしたのは当時の夫人で、持ち前の活力で引っ張っていた。
  • だが「泣き虫なまいき石川啄木」を執筆したころ、彼女はこまつ座の舞台監督のもとへ走った。衝撃を受けた井上ひさし睡眠薬を飲んで自殺未遂まで起こした。さっぱり原稿は書けないが、初日は迫る。恐ろしい修羅の日々の中で書いたのである。
  • 稲垣吾郎は端正なセリフを聴かせて健闘する。きまじめさを自然ににじませられるのは、恵まれた資質で、今回もよい経験になっただろう。
  • 井上ひさしの評伝劇は資料につぶさにあたり、その空白に作家的想像力を注ぎこむ。同じ啄木の芝居でも、先に上演された三谷幸喜の「ろくでなし啄木」とそこが違う。(編集委員 内田洋一)

 10月30日まで、東京・紀伊国屋サザンシアター。
(2011-10-18 日本経済新聞