〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

「詩歌句」掲載「雪中行 …小樽より釧路まで…」石川啄木

【カエデの実】


「詩歌句」

  • 2008年3月5日発売号 (2/5・3/5合併号)
  • 北溟社 600円
      • “詩歌句” 詩と短歌と俳句を中心に編集。川柳や漢詩も加えている。


名文再読「雪中行…小樽より釧路まで…」石川啄木

(第一信) 岩見沢にて
 一月十九日。雪。
僅か三時間許りしか眠らなかつたので、眠いこと話にならぬ。頬を脹らして顔を洗つて居ると、頼んで置いた車夫が橇(そり)を牽(ひ)いて来た。車夫が橇を牽くとは、北海道を知らぬ人には解りツこのない事だ。そこ/\に朝飯を済まして橇に乗る。いくら踏反返(ふんぞりかへ)つて見ても、徒歩で歩く人々に見下ろされる。気の毒ながら威張つた甲斐がない。
中央小樽駅に着きは着いたが、少しの加減で午前九時の下り列車に乗後れて了つた。仕方なさに東泉先生のお宅へ行つて、次の汽車を待つことにする。馳せ参ずる人二人三人。暖炉(ストーブ)に火を入れてイザ取敢へずと盃が廻りはじめる。不調法の自分は頻りに煙草を吹かす。話はそれからこれへと続いたが就中の大問題は僕の頭であつた。知らぬ人は知るまいが、自分の頭は、昨年十一月の初め鬼舐頭病(とくとうびやう)といふのに取付かれたので、今猶直径一寸余の禿が、無慮三つ四つ、大きくもない頭に散在して居る。東泉先生曰く、君の頭は植林地か、それとも開墾地か、後者だとすれば着々成功して居るが、植林の方だと甚だ以て不成績ぢやないか!
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(第二信) 旭川にて
 一月二十日。曇。
午前十時半岩見沢発二番の旭川行に乗つた。同室の人唯四人、頬髯逞しい軍人が三十二三の黒いコートを着た細君を伴れて乗つて居る。新聞を買つて読む、札幌小樽の新聞は皆新夕張炭鉱の椿事を伝へるに急がしい。
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