〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

「きょうは啄木の命日」

【カリンの蕾】


「きょうは石川啄木の命日」
2008年のきょうは、湿度の高い春の曇り日。

金田一京助さんの文によると………

1912年(明治45)4月13日
車屋にひどく門を叩かれて出て見ると『小石川の石川さんからです、すぐこれへ乗って』という迎えだった…すぐ其の車で駈けつけた。
上ってすぐ隔ての襖をあけると、仰向けに此方を向いて寝ていた石川君の顔、それはすっかり衰容が来て、面がわりしたのに先ず吐胸を突かれたが、同時に、洞穴があいたように、ぱくりと其の口と目と鼻孔が開いて、『たのむ!』と、大きなかすれた声が風のように私の出ばなへかぶさって来た。

いくつか本人とも言葉を交わし、節子さんも、『此の分なら大丈夫でしようから、どうぞ』と言うので金田一さんは勤め先へ行く。

授業をやって、…久堅町へ駈けて来た時には、道ばたのポストの傍に、京ちゃんを見つけた。…
『お父さんは?』ときくと、京ちゃんは『居る!』私はほっとして、まあよかったと歩を緩めて石川君の家へ来て見ると、万事終っていた。
 
京ちゃんには、年中横臥しているお父さんの今朝が、昨日や一昨日や、乃至この幾月来と、少しもその間にこの急劇な変化が生じたことを思い寄ることも出来なかったのである。多分は、しらせの葉書を出しにポストまでお使いに来て、折から肩へこぼれて来る何処からともなき桜の花びらを無心にかまっていたのであった。