〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉38

[アメリスズカケノキ]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉38 望月善次
マカロフ提督追悼の詩(上)

明治三十七年四月十三日、東郷大提督の艦隊が旅順港口に迫った時、敵将のマカロフ提督は、これを迎撃しようとしてぺトロバフロスク艦を港外に進めたのですが、沈設水雷に触れて、巨艦は一爆、提督も艦と運命を共にしたのでした。敵将ながら「偉大なる敗者」であるマカロフ提督を追悼し全十章の詩が捧げられました。今回はそのうちの第一回の一〜三章です。

マカロフ提督追悼の詩(上)

(明治三十七年四月十三日、我が東郷大提督の艦隊大挙して旅順港口に迫るや、敵将マカロフ提督之を迎撃せむとし、愴惶令を下して其旗艦ぺトロバフロスクを港外に進めしが、武運や拙なかりけむ、我が沈設水雷に触れて、巨艦一爆、提督も亦艦と運命を共にしぬ。)

嵐よ黙(もだ)せ、暗打つその翼、
夜の叫びも荒磯(ありそ)の黒潮(くろしほ)も、
潮にみなぎる鬼哭(きこく)の啾々(しうしう)も、
暫し唸(うな)りを鎮(しづ)めよ。万軍の
敵も味方も汝(な)が矛(ほこ)地に伏せて、
今、大水(おほみづ)の響に我が呼ばふ
マカロフが名に暫しは鎮まれよ。
彼を沈めて、千古の浪狂ふ、
弦月(げんげつ)遠きかなたの旅順口。
  (甲辰六月十三日)

〔現代語訳〕

(明治三十七年四月十三日、我が東郷大提督の艦隊が、大挙して旅順港口に迫ると、敵将マカロフ提督は、これを迎撃しようとして、慌てて、命令を下して、其の旗艦(艦隊の指揮をとる艦)ぺトロバフロスクを港外に進めましたが、武運が拙なかったのでしょうか、我が沈設水雷に触れて、巨艦は一爆、提督もまた、艦と運命を共にしたのでした。)

嵐よ黙りなさい、闇を打つその翼や、
夜の叫びも、荒磯の黒潮も、
潮に溢れている鬼神の泣く、呻き声も、
暫らく、唸りを鎮めなさい。全ての軍の
敵も味方も、あなた方の矛を地に伏せて、
今、(旅順港の)沢山の海水の響に、私が呼ぶ
マカロフという名のもとに、暫らくは、鎮魂の意を捧げください。
彼マカロフを沈めて、大昔から今に至るまでの浪も狂い、
弦月も遠くにあります、この旅順口は。
  (明治三十七年六月十三日)