〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

石川啄木「一握の砂」より「我を愛する歌」朗読・浅沼晋太郎

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ホワイトサローワトル

 特別朗読企画 ダ・ヴィンチ放送部

石川啄木「一握の砂」より 「我を愛する歌」

【朗読・浅沼晋太郎



一握の砂

石川啄木


   函館なる郁雨宮崎大四郎君
   同国の友文学士花明金田一京助

 

この集を両君に捧ぐ。予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。
また一本をとりて亡児真一に手向く。この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。この集の稿料は汝の薬餌となりたり。而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。

 

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

 

頬につたふ
なみだのごはず
一握の砂を示しし人を忘れず

 

大海にむかひて一人
七八日
泣きなむとすと家を出でにき

 

砂山の砂に腹這ひ
初恋の
いたみを遠くおもひ出づる日

 

いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ

 

しっとりと
なみだを吸へる砂の玉
なみだは重きものにしあるかな

 

大という字を百あまり
砂に書き
死ぬことをやめて帰り来れり

 

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず

 

飄然と家を出でては
飄然と帰りし癖よ
友はわらへど

 

わが泣くを少女等きかば
病犬の
月に吠ゆるに似たりといふらむ

 

いと暗き
穴に心を吸はれゆくごとく思ひて
つかれて眠る

 

こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ

 

鏡とり
能ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ
泣き飽きし時

 

なみだなみだ
不思議なるかな
それをもて洗へば心戯けたくなれり

 

草に臥て
おもふことなし
わが額に糞して鳥は空に遊べり

 

わが髭の
下向く癖がいきどほろし
このごろ憎き男に似たれば

 

森の奥より銃声聞ゆ
あはれあはれ
自ら死ぬる音のよろしさ

 

「さばかりの事に死ぬるや」
「さばかりの事に生くるや」
止せ止せ問答

 

やはらかに積れる雪に
熱てる頬を埋むるごとき
恋してみたし

 

路傍に犬ながながと呻しぬ
われも真似しぬ
うらやましさに

 

あたらしき背広など着て
旅をせむ
しかく今年も思ひ過ぎたる

 

こそこその話がやがて高くなり
ピストル鳴りて
人生終る

 

一度でも我に頭を下げさせし
人みな死ねと
いのりてしこと

 

我に似し友の二人よ
一人は死に
一人は牢を出でて今病む

 

人並の才に過ぎざる
わが友の
深き不平もあはれなるかな

 

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る

 

或る時のわれのこころを
焼きたての
麺麭に似たりと思ひけるかな

 

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ

 

男とうまれ男と交り
負けてをり
かるがゆゑにや秋が身に沁む

 

何事も金金とわらひ
すこし経て
またも俄かに不平つのり来