〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

講演「啄木と賢治――北方文化圏の旅」の五日後に… 池澤夏樹

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スイセン

ぼくは未来の親友を失った 外岡秀俊さんを悼む 寄稿・池澤夏樹

  •  人生にはすぐ横のトラックを走る仲間を見ながら行くということがある。競走ではなく並走。
  •  外岡秀俊はそういう相手だった。
  • 二〇一七年、ぼくが館長を務めていた北海道立文学館で「チェーホフ展」を開催することになった。この著名なロシアの作家はモスクワからはるか東のサハリンに来ている。それも本業の医師として徒刑囚の疫学的な調査のために。そしてサハリンは北海道の隣の島だ。
    この催事の時、ぼくは外岡さんに講演を頼んだ。彼はこれに本気になって応じ、わざわざサハリンに取材旅行に行き、その成果を用いて充実した話をしてくれた。
  • 去年、二〇二一年の十二月十八日、彼は北海道立文学館で「啄木と賢治――北方文化圏の旅」という講演をした。石川啄木は彼が最初に書いて文芸賞を得た小説『北帰行』のテーマでもある。才能の使い道を二択で選んで新聞の方に身を振った。
  • この日の講演のために彼は九十枚以上のパワーポイントを用意した。会場には行けなかったがこの素材はぼくの手元にも届いた。九十分間、元気いっぱいで話すさまが臨場感として伝わる。
  •  その五日後に彼は心不全で急死した。六十八歳。
  •  この先、会って飲んで喋(しゃべ)って、長い時間があると思っていた。
  •  ぼくは未来の親友を失ったのだ。
    (2022-01-19 朝日新聞

 

ぼくは未来の親友を失った 外岡秀俊さんを悼む 寄稿・池澤夏樹:朝日新聞デジタル