〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

- 啄木は私にとって一人の詩人であるよりも一つの事件だった - 外岡秀俊さん死去

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シキザクラ

朝日新聞社の元編集委員外岡秀俊さん死去 著書に「北帰行」など

 ジャーナリスト・作家で、朝日新聞社編集委員や編集局長・ゼネラルエディター(GE)を務めた外岡秀俊(そとおか・ひでとし)さんが12月23日、心不全のため死去した。68歳だった。葬儀は近親者で行った。

 東大法学部在学中、石川啄木の足跡を追う青年を描いた「北帰行」で文芸賞を受賞。1977年に朝日新聞社に入社し、新潟支局、学芸部、ニューヨーク特派員、論説委員、ヨーロッパ総局長を歴任。2007年に東京本社編集局長・GEに就任し、戦時下の報道責任を検証する連載「新聞と戦争」を企画した。その後、編集委員を務めた。

(2022-01-07 朝日新聞

 

朝日新聞社の元編集委員・外岡秀俊さん死去 著書に「北帰行」など:朝日新聞デジタル

『北帰行』外岡秀俊 河出書房新社

眼を醒ますと、列車は降りしきる雪の中を、漣ひとつ立たない入り江に辷り込む孤帆のように、北に向かって静かに流れていた。
私は網棚の古びた鞄を下ろして、中から一冊の本を取り出した。
 それは、表紙に金色の苜蓿を打ち抜いてある、函館版の歌集『一握の砂』だった。そのほとんどの歌を、私は諳じていたのだが、それでもこの擦り切れた本を手放すことはできずにいた。その本は私にとって、歌集というよりは、一冊の絵本に近かった。三行書きにされた歌は、文字という硬質の素材によって造型された心象のかたちであり、意味であるよりも前に、鮮かな視覚的イメージとして心の中に刷り込まれていったから。その一首一首は、それぞれに懐かしく、また深い想い出がこめられた風景を、ありありと浮かび上がらせてくれる。
けれども啄木は、私にとって、一人の詩人であるよりもまず、一つの事件だった。……