〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

文芸誌『視線』(その2)「生活」の発見者・啄木

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文芸誌『視線』第11号 表紙

◎文芸誌 『視線』第11号 2021.03.  (その2)

「生活」の発見者・啄木 〜「我を愛する歌」の中で見つめようとしたもの〜

                 水関 清

第一章 はじめに〜啄木短歌の特質〜

  • 明治期に起こった一連の短歌革新運動における貴重な達成として、三枝昂之は「自我の詩」と「歌言葉のシェイプアップ」を挙げ、前者はまぎれもなく啄木の手で達成されたと指摘している。1910年12月に世に出た『一握の砂』は、そうした活動の実践例として広く認知されたことで、啄木の名を後世に残す力となった。

第二章 啄木の「われ」の姿の変遷から見た、神経質者としての性格特徴

第三章 『一握の砂』の編纂過程に見る、神経質者・啄木の底力

第四章 「生活の発見歌」としての啄木調短歌

第五章 『一握の砂』に収載された「生活の発見歌」

第六章 『悲しき玩具』に収載された「生活の発見歌」

第七章 啄木が嘘を言うとき 〜『悲しき玩具』収載歌から考える〜

第八章 まとめ 〜「生活」に即して「人のこころ」の複雑さを詠うということ〜

  • 啄木が歌作の基礎に据えようとした「こころの動きの不思議」を考える上で、啄木の神経質性格は有利に働いたと考えられる。すなわち、ヒトの表情や言動や仕草などといった「こころの動き」の表面に現れる現象に注目するだけではなく、その奥底に潜む「感情」を複眼的に捕らえることの大切さを、啄木は重視したのである。

 


 

短歌教育における鑑賞とは何か

              栁澤 有一郎

一、鑑賞をめぐる問題

二、読解と鑑賞の間

  • 鑑賞とは、作品を見て自由にイメージを紡ぐことではない。工藤が言うように、表現内容に即した「正確な(読み)」の上に鑑賞は成り立つのである。

三、再び <鑑賞> とは何か

四、鑑賞活動を創作活動へとつなげる試み

  • リズムの心地よさや表現の面白さに気づくことを通じて、学習者は表現の <核> にふれる。その経験は、学習者の心を震わせ、創作へと歩を進める原動力となる。自分も作ってみたい、という空気が醸成されたタイミングを逃さず、創作活動へ移行するのは決して難しいことではない。

 


 

◎文芸誌『視線』第11号

 2021.03.22 「視線の会」発行 頒価 700円

「視線の会」 函館市本通2-12-3 和田方