石川啄木の歌に登場する動物たち
『うたの動物記』
小池 光 著 朝日文庫
発行 2020年10月
蛾
虫偏に我と書いて「蛾」。ならば虫になった我が蛾だ。
マチ擦れば
二尺ばかりの明るさの
中をよぎれる白き蛾のあり
『一握の砂』の一首。マチはマッチ。夜道を帰る途中、ふと煙草の火をつけるとわずかな明かりの中をちっちゃな白蛾がよぎった。自意識のかたまりだった啄木。白い蛾は彼の悲しい分身とも映る。まもなく長男が生まれ、生後一カ月足らずで死んでしまう頃。
山羊
ユーラシア大陸の五畜のひとつだが、どうしてか日本にはいなかった。江戸時代の頃から南の島や長崎あたりに、ちらりほらりあらわれる。全国的に飼育されだしたのは明治になってから。
空色の罎より
山羊の乳をつぐ
手のふるひなどいとしかりけり
明治末期の銀座の酒場。なぜか山羊乳などもメニューにあったもようなのだ。空色のガラス罎から、真っ白いヤギの乳をグラスにそそぐ。初々しく女の子の手がふるえている。そのハイカラ趣味に、「都会」のときめきがする。
閑古鳥
閑古鳥とは、カッコーの異称である。お客が閑散としてカッコー、カッコーと声だけ聞こえるようだ、というのが「閑古鳥が鳴く」の実態だ。
でも、これは少しヘンではあるまいか。カッコーってそんな寂しい声かしら。明るくてむしろすがすがしい。今ごろの森で、カッコーの声を聞けばこころ洗われる。陰々滅々たる声で鳴く鳥なら、ほかにいくらもいよう、フクロウとか。
ふるさとを出でて五年、
病をえて、
かの閑古鳥を夢にきけるかな。
ふるさとの寺の畔の
ひばの木の
いただきに来て啼きし閑古鳥!
石川啄木没後の歌集『悲しき玩具』より二首。「カッコー」とすればどちらも定型に収まるが、やはり「閑古鳥」でないとこの郷愁は陰影を薄めよう。閑古鳥となってしまったわが身を悲しむ。
(ほかに、キリン・鹿・蟹などにも登場)
『うたの動物記』
小池 光 著
朝日文庫 814円(税込)
発行 2020年10月30日