〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

啄木 その反骨精神ゆえに 彼の知性はきらめいていた

f:id:takuboku_no_iki:20200930155820j:plain

ツユクサ

 

うたごころは科学する

泣きぬれる知性   坂井修一

石川啄木というと、感傷家のイメージが強い。

 東海(とうかい)の小島(こじま)の磯(いそ)の白砂(しらすな)に
 われ泣(な)きぬれて
 蟹(かに)とたはむる  『一握の砂』 

 たはむれに母を背負(せお)ひて
 そのあまり軽(かろ)きに泣きて
 三歩あゆまず      『一握の砂』

こんな歌がすぐ浮かぶ。

  • 啄木の人気は、こうした感傷性に支えられている。家庭の貧困。文芸家としての挫折。結核による夭折(ようせつ)。そんな不幸の中で、彼は「泣きぬれ」る歌を残し、人々に知られるところとなった。
  • それも真実だが、啄木の本領は高い知性にあったと私は思っている。なるほど、彼の学歴は斎藤茂吉北原白秋と比べるといささか淋(さび)しいものかもしれない。それに、反骨精神の強すぎる彼は、たとえ恵まれた境遇で育ったとしても、森鴎外上田敏のような知識人文芸家にはならなかったろう。
  • でも、その反骨精神ゆえに、明治末、彼の知性はきらめいていた。自然主義文学の限界を見定め、大逆事件の真相を見抜く。彼が晩年――といっても24歳――に書いた「時代閉塞の現状」は、今読んでも、社会と文芸の関係を喝破した文章として見事だ。

啄木の短歌にも、批評精神に富んだ自主自律のものはある。

 わが泣くを少女(をとめ)等(ら)きかば
 病(やま)犬(いぬ)の
 月に吠(ほ)ゆるに似たりといふらむ   『一握の砂』

(2020-09-27 日本経済新聞

 

(うたごころは科学する)泣きぬれる知性 坂井修一 :日本経済新聞