有明抄
看護婦の手の
- 26歳で早世した石川啄木に、入院生活を詠んだ歌がある。〈脉(みゃく)をとる看護婦の手のあたたかき日ありつめたく堅き日もあり〉。
- 啄木のノートには推敲の跡が残っている。もとの歌は〈いつもいつもつめたき手よと脉をとる看護婦の手を今朝も見つめし〉だったという。いつも「冷たい」と感じていた手を、「温かい」と思える日がくる。病苦にあえぐ歌人の心を揺らしたのは、医療のもつ力だったろうか。
- 京都アニメーションの放火殺人事件の容疑者がきのう逮捕された。高度な救命医療とリハビリによってながらえた命の意味は…。
- 〈何となく自分をえらい人のやうに思ひてゐたりき。子供なりしかな〉。啄木は病院のベッドで、うぬぼれていた自身の心ばえの変化を詠んでいる。いくつもの手に支えられた容疑者に、人の心のぬくもりが伝わったなら、この10カ月は無駄ではなかったと思いたい。(桑)
(2020-05-28 佐賀新聞)
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