(古典百名山:77)
石川啄木「一握の砂」 平田オリザが読む
近代短歌、完成させた一編
東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹(かに)とたはむる
たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽(かろ)きに泣きて
三歩あゆまず
誰もが耳にしたことのある石川啄木の短歌は、そのほとんどが一九一○年に出版された第一歌集『一握の砂』に収録されている。第二歌集『悲しき玩具』の出版は一年半後、啄木の若すぎる死の直後だった。
しかしこの『一握の砂』一編で、啄木は近代短歌の完成者として後世に名を残す。
啄木はまた、政治にも強い関心を示した。歌集には収録されていないが、同じ一○年のいわゆる「日韓併合」に際しては、
地図の上朝鮮国にくろぐろと
墨をぬりつゝ
秋風を聴く
という歌を残していた。
そして世相は、啄木の言う「時代閉塞(へいそく)の現状」へゆっくりと傾いていく。(劇作家・演出家)
(2020-04-18 朝日新聞)