[こころの健康学] 気持ち通わせあう大切さ
- この夏は、とくに暑かったように思う。このように暑いときには、不思議なことに、思春期のころに読んだ石川啄木の文章を決まって思い出す。啄木は、汗まみれになりながら、2階の窓から通りを眺めている様子を書いている。通りでは、行き交う人たちが「暑い」「暑い」と言いあっている。
- その情景を眺めている啄木は「人間は……孤高の動物ではない」と書き、「暑い」といくら言っても汗が減りはしないのに、「暑い」と言いあうのは、一人で泣いたり笑ったりしないのと同じ、自己表現をしようとする「人間の本能」だと考える。
- 大事なのは、「暑い」という言葉の意味ではなく「暑い」と言いあうことで互いの気持ちを通わせあうことなのだと、啄木は言いたいのだろう。
- この文章の出典を、ある人から「汗に濡れつつ」という小品ではないかと教えてもらった。こうした嬉しい体験ができたのもその人と知り合えたおかげだと、人間関係の力を感じて嬉しくなった。
(認知行動療法研修開発センター 大野裕)
(2019-09-02 日経新聞)